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普段あまり来ない場所に来ると、なんだか冒険しているようでワクワクする。
電車を降り、改札を抜けて、すぐ近くの駅ビル入口から中に入った。
バレンタイン一色に染まる店内を歩き、ファーストフード店の前を通り過ぎようとした時だった。


「にしても、バレンタインのせいで部活が休みになるのも変な話だよなぁ…」


聞こえた声に何気なくちらりと視線を送れば、少し離れた所で制服を着た4人の男の子達が机を囲んでいる。
彼らの足元にはラケットバッグが置かれていて、つい足を止めてしまった。


「しゃーないやろ。こうでもせぇへんと、今日明日コート周りが大変なことになってまうで」
「ていうか大半は跡部目当てだろ?ったく、迷惑な話だぜ」
「そう言う宍戸さんだって、相当人気あるじゃないですか?」


なるほど、彼らの学校でもテニス部が人気なのかな。
長い髪を後ろで束ねた彼が言っていた…なんだっけ、なんとかって人目当てにたくさんの女子が押しかける様は、うちの部員を思えば想像に容易い。
しかしそれで部活が休みになるとは…相当な人気があるのだろう。
思わず漏れた苦笑と共に足を進めようとすれば、彼らのうちの一人、丸メガネの男の子とぱったり目が合った。
やば、と慌てて目線を逸らし、逃げるように急いでその場を立ち去った。


「でよー、…おい侑士?聞いてんのかー?」
「…、あぁ…」
「どこ見てんの?なんもねーじゃん」
「いや、…女神がおったわ」
「はぁ?」
「お前…バレンタインだからって頭浮かれすぎじゃねぇ…?」
「し、宍戸さんっ…!」
「……ラケットバッグ持っとったな、あの子」



* * *



買い物も終わり、買った物をラケットバッグに詰め込んで店を出た。
部活がない日も登校にはラケットバッグを使っている。
大容量で便利だし、よく帰りがけに数人でストリートテニスコートに寄ることもあるから、ラケットも毎日持参だ。
まぁでも、今日はいらなかったかな…
わざわざ家に置いてくのもあれだから別にいいんだけど。


「おったおった。ちょお待ってぇな、お嬢さん」


改札を通ろうと、ポケットのスマホを取り出そうとしていた私の真後ろから突然聞こえた、この辺りでは珍しい関西弁。
呼ばれたからとかではなく、ただただその声に反応して振り返れば、そこにはどこかの学校の制服を着た丸メガネの男の子が立っていて。


『…あ、』
「その反応、俺の事覚えとってくれてたみたいやな。おおきに」


にこりと笑う彼。
少し前にファーストフード店で目が合っただけの彼が、私に何の用だろうか。
ちらりと下げた視線に、"帝"と刺繍された制服のワッペンが映る。
帝…どこか覚えがあるような…ないような…


「そないに警戒せんといてや。なんや、傷付くわぁ」
『えっ、ご、ごめんなさい…?』
「ふ、ジョーダンや」
『えぇ…?』


何この人…え、関西の挨拶的な…?
私が困惑していると、おーい、という間延びした声と共に、数人の男の子達がこちらに歩いてくる。
丸メガネの彼と同じ制服を着た彼らは、やっぱり先程ファーストフード店にいた彼らだ。
改めて見れば、あの時床に置かれていたラケットバッグが各々の肩に背負われている。


「で?侑士が見た女神ってこの子?」


赤いストレートヘアの男の子が少し腰をかがめて下から覗き込むように私の顔を見つめてきて、思わず体が後ろに下がった。
可愛らしい顔付きだし、なんか、英二みたいな子だな…


「せやで」


ていうか女神って何?
話が全く分からない。


『あの、何か御用でしょうか…』
「あぁ、お嬢さんがあまりにも可愛らしゅうて、つい声かけてもうたわ」
『はあ…?』
「…忍足、引かれてんぞ。気持ち悪いからやめとけ」


髪を縛った彼が言い、忍足と呼ばれた丸メガネの彼は、酷いわぁ、とあからさまなため息をついて見せた。
彼は私に向き直り、どこか辛気臭い微笑を浮かべた。


「氷帝学園2年、忍足侑士や。よかったら」
『ひょっ…!?』


ひょ?と赤髪くんがまたしても顔を覗き込んで来るが、ちょっと、いや、割とそれどころでは無い。
そうだ、"帝"って、氷帝の"帝"だ。
氷帝と言えば、去年の都大会の決勝で青学が負けた相手校。
そして関東大会では2位という成績を残している。
ラケットバッグを背負っている彼らは間違いなくテニス部員だろう。
2年生とは言っていたが、うちのレギュラー陣のように2年ながらに試合に出ていた可能性だってある。
精市達との出会いも偶然だったが、まさかこんなところでまたライバル校のテニス部員と出会ってしまうとは思わなかった。


「あ、あの、大丈夫ですか…?」


思考の渦に飲み込まれていた私に声をかけてくれたのは、少しふわふわした銀髪の、背の高い男の子。


『だ、大丈夫です…』


よし、帰ろう、今すぐ。


『えっと、さようなら』
「ちょいちょい、待ってぇな」


くるっと踵を返した私の手首をぱしりと掴んだ忍足さんは、


「折角会えたんやし、お茶でもどうや?お嬢さん」


また、にこりと辛気臭い笑みを浮かべた。
いやもうやってることナンパじゃんこの人…


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