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なんだかんだ忍足さんに上手いこと連れられ、私達がやって来たのはまさかのストリートテニスコートだった。
お茶って言ったじゃん嘘つきだ…


「ひょんなことから部活が無くなってもうてな。自主練がてらここで打ってく予定やったんよ」


備え付けのベンチにラケットバッグを置いた彼らは、制服の上着とワイシャツを脱いだ。
そして、中に着ていたTシャツの上から氷帝テニス部のジャージを羽織る。
あぁ…写真で見たことあるやつだ…


『そうですか…』


ていうかこれ私いなくていいじゃん…
早く帰って明日のために色々しなきゃいけないんですけど…


「女の子がおった方がやる気もでるっちゅーもんやで。なぁ、岳人」
「お前だけだろ…」
「なんか…悪いな…」


哀れみの目で見ながらも謝ってくれる長髪さんはいい人だ。
駅でも思ったけど、たぶんこの人と銀髪さんはいい人。
赤髪さんは…今のところは英二みたいだという感想しかないけど…


「てことで、そろそろお嬢さんの名前教えてや?」
『あー…苗字です』
「なんや、下は教えてくれへんの?」
『……名前です』


もういいやと諦めと共に名前を伝えれば、忍足さんは、名前ちゃんな、とにこりと笑った。
反応を見るに、どうやら氷帝では私の名は知られていないようでほっとする。


「その制服、青学やろ?女テニなん?」
『いや…』


あぁもう青学っていうのはバレてるんですね…
どうしよう、素直に言っていいものか…


「いや?ってことはスクール生なん?スクール通っとって部活入っとらんの珍しいな」
『あー…まぁ…』


とりあえずそういうことにしておこう。
忍足さんに促され、残りの3人も名前を教えてくれた。
英二に似た赤髪の子は、向日岳人くん。
いい人その一の長髪さんが、宍戸亮くん。
いい人その二の銀髪さんが、鳳長太郎くん。
鳳くんは1年生で、後の3人は2年生のようだ。


「なんだ、お前も2年だったんだな」
『そう、ですね』
「なら別に敬語じゃなくたっていいんじゃねーか?てっきり1年かと思ったぜ」
「俺も、先輩に敬語使われるのちょっと緊張しちゃうんで…出来たら普通に話してくださると嬉しいです」
『2人がいいなら…そうさせてもらおうかな』


この2人の安心感がすごい。
なんなら、とそれぞれ下の名前で呼ぶことも彼らから提案してくれた。


「んじゃ、俺も岳人でいいぜ!」
「俺も。侑士って呼んでや」


ということで、結局全員名前で呼び合うことになった。



* * *



パコン、パコン、と打球音が響いては消えていく。
最初は、私がいる意味あるか…?とぼーっと眺めていたそれも、すぐにそんな事なんて考えられなくなって。


「甘いぜっ、亮!」


ぴょん、と岳人が跳ねる。


「任せてください宍戸さん!」
「頼んだぜ、長太郎!」


青学のゴールデンペアにも引けを取らない程、息がぴったりな亮と長太郎。


「お二人さん、攻めるん遅いで」


侑士の打った球が、亮と長太郎の間を上手く抜けていく。


「っだぁー!くっそ!!」
「ふぅ…やっぱり、忍足さんは凄いですね…」


これが今の氷帝の力…
きっと彼らは今年、私達青学の前に立ち塞がるだろう。
ゾロゾロとこちらに歩いてくる彼らを見上げた。


「どーしたんだよ?そんな怖い顔して」
『…4人は、氷帝テニス部のレギュラーなの?』
「せやで。今のところはな」


今のところ?
首を傾げた私に、長太郎が不安そうな微笑を浮かべた。


「でも、うちは跡部ぶちょ…あ、部長の方針で、完全実力主義なんです」
『実力主義…?』


氷帝のテニス部は、学年関係なく強い者がレギュラーとなる。
レギュラーがもしレギュラー外の者に負けたら即レギュラー落ち、というとんでもない下克上システムだという。
うちのランキング戦より遥かにシビアだ。


「だから、ある日突然レギュラーから外れる、なんてことも結構あるんですよね…」
「でもその方針のお陰で、皆常に上を目指してやってんだぜ」
『凄いシステムだね…メンタルは強くなりそうだけど…』


うちでその方針を取り入れたらどうなるんだろうか。
考えようとしたけど、胃が痛くなりそうだったからやめた。


「ところで、名前ちゃんは打たへんの?」
『え』


侑士の言葉に体が止まる。


「そーそー、見てるだけじゃつまんねぇだろ?」
『そんなことないよ?皆上手いから見てて楽しいし』


本当は彼らと打ち合い出来たら楽しいんだろうなとか考えていたけれど、折角の練習を邪魔するわけにもいかない。
それに、今は制服だからサポーターも付けていないのだ。
…が、


「いーじゃんいーじゃん、1ゲームだけとかさ!ラケット持ってんだろ?」


折角のお誘いだもんな…
正直言って打ちたい。


『うーん…じゃあ…ダブルスでもいい?』
「お?お前もダブルスやってんのか?」
『いや、基本シングルスだけど、その方が皆打てるでしょ?』
「あぁー、確かに?」


誰が私のペアになるか、彼らは是非、と皆立候補してくれたのだが、なんとなく私の中では決まっている人がいた。


「岳人、お願いしてもいい?」
「おっ!マジ?やったぜ!」
「まぁ…せやろな。シングルス言うてたし、そんな気はしとったわ」


残念そうに言う侑士にごめんね、と返し、ラケットバッグを開けた。
その中に並ぶ3本のラケットを見た彼らは驚いたようで。


「名前ちゃん、3本もラケット持っとるん?」
『うん』
「へぇ、期待してもよさそうだな」
『…応えられるように頑張るよ』


相手は、亮と長太郎ペアが務めてくれることになった。


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