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国光が部室のドアをノックし、中から秀の返事が返ってくる。
流石、うちの鍵当番は毎朝誰よりも早くて尊敬してしまう。
ちらりと中を覗いた国光が、私も入れるように大きくドアを開けてくれた。
入っても大丈夫だという合図だ。


『おはよ、秀』
「おはよう」
「2人共、おはよう」


まだ3人しかいない広い部室で、ベンチにラケットバッグを置いて中をごそごそと漁る。
取り出したのは、部活用に作ったパウンドケーキの箱。
プレーン、ココア、マーブルと3種類のパウンドケーキが詰められたそれを机に置き、ペン立てから油性ペンを抜いた。


「お、早速バレンタインかい?」
『うん、部活用に作ったから皆で食べてね。教室に持ってくのもあれだから、ここに置いておこうと思って』


箱の側面に、

Happy Valentine!
一応生徒会副会長なので、他の生徒には内緒だよ!
部長兼会長から許可は貰ってますのでご心配なく
ホワイトデーも気にしないでね 苗字

と書き、ペンを戻してまたラケットバッグを漁る。


『こっちは2人に』


小分けにしておいたクッキーの包みを2人に渡せば、驚いたように受け取ってくれた。


「こっちがあるのに、わざわざ俺達に…?」
『それはレギュラー分しかないから、全面的にナイショ』
「一番最初に貰ったのが名前ちゃんからって、嬉しいな」
「ありがとう。大事に食べさせてもらう」


いそいそとクッキーをバッグにしまう彼らに少し恥ずかしさを覚えながら、靴を履き替えた。

次に部室に来たのは英二だった。
いつもより少し早い彼の到着に驚けば、やはりバレンタインが楽しみで、とのこと。


「おお!パウンドケーキじゃん!うっまそ〜!」
『英二にはこっちもあるよ』
「えっ、2つもくれんの!?」


驚きながらも受け取ってくれた英二に先程と同じ説明をすれば、にゃるほど〜、と嬉しそうに笑う。


「へへっ、なんだか得した気分!」
『そう言ってくれるなら作った甲斐があったよ』


その後やって来た貞治とタカさんにも同じように渡せば、彼らも笑顔でお礼を言いながら受け取ってくれた。
それ以降はレギュラーではない部員もちらほら来出して、部室で渡せなかった周助と桃と薫の分は昼休みにでも渡すことにした。



* * *



おばあちゃんに手伝ってもらったお陰か、パウンドケーキは有難いことに思いのほか好評を頂いて、朝練後はもうほとんど残っていなかった。
この様子なら今日中に全部無くなりそうで一安心だ。
今はいつも通り彼らと一緒に昇降口へと向かっている、のだが…


「あ、あのっ不二くん…!良かったらうけとってください…!」
「ごめんね。誰からも受け取らないつもりなんだ。気持ちだけ有難く受け取らせてもらうよ」


「手塚先輩…!あの、これ…っ」
「…すまないが、受け取ることは出来ない。気持ちだけ頂こう、ありがとう」


『……凄いね…』


もう、それしか言いようがない。
国光と周助を中心に、レギュラーメンバーの元へひっきりなしにやって来ては、肩を落として去っていく女の子達。
可哀想だとは思うが、彼らのことを思えば仕方がないとも言える。
だって、流石に量が多すぎる…
まさかこれほどまでとは…
侑士達や、もしかしたら立海メンバーも今頃こんな感じなんだろうか…頑張れ…


『去年もこんな感じだったの…?』
「いや、去年より遥かに多い」
『そっか…』


見知らぬ女子生徒に申し訳なさそうに謝る秀を横目に、貞治とこそこそ話していると、


「名前様!」


聞き覚えのある声に振り向けば、同じクラスのよく話す女の子集団(名前様ファンクラブを最初に言い出した彼女達)と、その後ろにずらりと群がる様々な学年の女子生徒達。


『…えっ、と…?』
「皆で別々に渡したら大変なことになっちゃうと思って、名前様ファンクラブの皆で一つにまとめたの。…良かったら、貰ってくれないかな…?」
『え…』


彼女から差し出されたそれは、このところCMでよく見る某高級チョコレート会社の紙袋。
私のことを想ってくれた彼女達の好意を断ることなんて出来ない、けれど…
改めて彼女の後ろを見れば、思った以上の数の女子生徒達が不安そうにこちらを見ていて。


『嬉しいけど、…でも、流石にこの人数にお礼は…』
「ううん、普段から名前様のかっこいい姿を見させてもらってるお礼みたいなものだからさ!それに、名前様ファンクラブの人数はこんなもんじゃないよ〜?」
『え゙っ』
「だから、お礼とか気にせずに貰ってくれると嬉しい、な…?」


まるで恋する乙女のような目の前の彼女に、同性ながらきゅんとしてしまう。
可愛い…断れない…


『…ありがとう。じゃあ、遠慮なく受け取らせてもらうね』
「ほんとっ!?やったぁ…!」
『私のために、ありがとうございます。皆さんのことを想いながら大事に食べますね』


受け取った紙袋を両手で抱き、小さく一礼すれば、彼女達からきゃあきゃあと控えめな歓声が上がる。
手を取り合って喜ぶ人達や、なぜか涙目の人もいて、しかも私の後ろにはレギュラー陣もいるわけで、正直ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。


「…名前、すっご〜…」
「確かに、あれなら受け取りやすいかもしれないな」


その後、来年のバレンタインに向けて各レギュラー陣のファンの子達が早くも一致団結し始めたとか。


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