21.5@


スイーツバイキングへの誘い文を送った後、名前の返事が少し止まった。
指定した日にちは絶賛テスト期間で、ということはどうせ青学もテスト期間で、正直いい返事を期待していた訳じゃ無かった。
名前が青学の副会長ってことは知ってたし、ならきっと頭も良いだろうし、うちのお堅い奴らみたいに勉強しないとってなるはずだし…
だから、名前からOKの返事が来た時、思わず画面を二度見した。
ここ最近で一番嬉しかったんじゃねぇかと思った。

最初はただの憧れだった。
あの伝説の苗字先輩の娘であり、"傀儡師"という異名をつけられた彼女もまた、俺達立海生にとって伝説だった。
なんなら存在自体が都市伝説のようにまでなってたりしたのには、少し笑えながらも、同じテニスをしている者としてなんだか誇らしい気分でもあった。

彼女の活躍は雑誌でも見ていたし、映像も何度も見た。
活動場所が俺達日本人からしたらそこそこ不利なんじゃねぇかっつー海外だったこと、でもそこで彼女は、小学生ながらにずば抜けた天才的なプレーを何度も見せ、観客を魅了し、いつしか俺も彼女のプレーに魅了された一人になっていた。

けれど。


"アメリカで活躍中の天才ジュニアテニスプレイヤー、事故で膝を故障"


呆然としたのを、今でも覚えている。
その記事が出た日を境に、彼女は表舞台から姿を消した。
いくら色んな雑誌に目を通そうが、いくらネットで調べようが、彼女の話は一つも見つけられなかった。
その記事をいくら読み込んでも、"事故"の内容については一言も書かれてなかったし、これもまたいくらネットで調べても全く情報は出てこねぇ。
やっぱり存在自体が都市伝説だったんだ、なんて噂も学校中で広がって、異様にむしゃくしゃした。

そんなことがあってから数ヶ月後、俺は立海大の附属中に進学した。
そこで出会ったあいつらは俺と同じく彼女への憧れ、そして不安を抱えていて、秒で意気投合したっけな…
今でこそその凄さが分かる、うちの参謀とも呼ばれている柳も、当時彼女についての情報は全く知らないって言ってたし、それなら俺がどれだけ探そうが何も分からなかったのも頷ける。
柳はいつか、あの事故には何かが隠されているのでは、って言ってたけど、俺も全く同じ意見だった。

それから約2年が経った。
学校内で彼女の話や噂を聞くことはあまりなくなったが、それでも俺達の頭の片隅には常に彼女がいた。
そんな時、うちの部長でもあり、その圧倒的な強さで苗字先輩の異名を引き継いだ幸村君が突然倒れた。
勿論心配はしてたけど、すぐにいつもの日常に戻るだろうと思っていた。
だから、幸村君の病気を詳しく知った時は、また、呆然とした。
彼女に続いて、幸村君まで奪うのか。
幸村君はすぐにコートに戻ると笑っていたが、症状のことを知った俺達はあまり笑えなかった。
頼むから、幸村君まで奪わないでくれ。
そんな想いの中、俺達は何度も病院に通った。

俺達が見舞いに来ている時の幸村君は、それはもう、いつも通りの幸村君だった。
喝も飛ばすし、一緒に笑い合うし、病気なんてしてねーんじゃねぇかって思うくらい。
でも、皆も薄々感じていたけど、それでもやっぱり日に日にその笑顔に影がちらつくようになった。

ある日、いつも通り見舞いに言った俺達を迎えた幸村君に、どことなく違和感を感じた。
悪い意味じゃねぇ。
見え隠れするようになっていた影が、すっと消えてしまったかのように、当時の幸村君そのままのように笑うようになった。
その時俺達は疑問に思いながらも、元気になったんなら良かったと言い合いながら帰った。

その理由は、すぐに分かることになる。
年が明け、新年の挨拶がてらサプライズで見舞いに行ってやろーぜって話になって、俺達は幸村君に連絡せずに病院に向かった。
いつも通り、もう慣れた道を進んで病室に着けば、そこには見慣れない女がいた。
いや、見慣れないってのは間違いかもしれねぇ。
なんとなく、どこかで見たような…でもこんなやつ立海にいたっけな…
柳に邪魔をしたかと聞かれた幸村君は友人だと言ったけど、幸村君は女子に優しいからな…
幸村君の熱心なファンが無理に押しかけたんなら、幸村君のためにも上手く追い出さなきゃいけねぇ。
仁王も同じような考えだったのか、少し威圧的にわざと音を立てて椅子に座った。
…ら、まさかの幸村君は、その女に対して座ってと言った。
ご丁寧に俺達を指してうちの部員だよなんて紹介してるし。
しかもやけに優しい声だったから更に驚いた。

困惑した俺達に向かって放たれた幸村君の次の言葉は、驚きなんて通り越す程で。
後ろでがたりと音が鳴り、我に返った俺もまた、はぁ!?と素っ頓狂な声を上げていた。
いや……嘘だろ、だって彼女は、…こんな所にいるはずが…


『えっと…ご紹介にあずかりました、苗字名前です』


聞き覚えのある自己紹介の声。
重なる面影。
固まる俺達に、困ったように幸村君を振り返ったその様子は初めて見たけど、彼女はどう見ても、その声はどう聞いても、


「全く…驚くのは分かるけど、自己紹介くらいしたらどうだい?」


幸村君の声に、気づいたら体が前に出ていた。


「丸井ブン太です!!あ、握手してもらってもいいですか!?」


驚いた様子でも、彼女は俺の手をしっかりと握ってくれた。
…今思えばそうさせちまったのは俺だったんだけど。
とりあえず、焦りはやる気持ちを抑えるようにヘラヘラと自己紹介をした赤也の頭をはたけば、赤也はまたヘラヘラと笑った。
彼女の前で何言ってんだとは思ったけど、いつも通りのやりとりにちょっと気持ちが落ち着いたのだけは感謝した。


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