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暫くスイーツの感想等を言い合いながら過ごし、徐々に食べるペースも落ち着いてきた頃、ふとブン太が口を開いた。


「名前ってさ、彼氏とかいねぇの?」
『え、なに急に』


いやっ、だってよ、と少し焦ったように言うブン太の隣では、手を止めた赤也が興味津々といった様子で私を見ている。


「すげー今更だけど…もしいたら、こんな男所帯のとこに連れてきちまってソイツに申し訳ねぇだろぃ…?」


確かに今更ではあるけども。
お気遣いどうもという意を込めて、いないよ、と笑えば、え、と赤也が驚いたような声を上げた。


「マジでいないんスか!?」
『え、うん。そんな驚くこと…?』
「や…てっきり青学テニス部の誰かと付き合ってんのかと…」


その言葉に思わず苦笑が漏れる。


『ないない。皆私には勿体ない人達ばかりだし』


それに彼らは誰かと付き合うなんてことを、少なくとも今は考えたりはしていないと思う。
なんというか、皆テニスが恋人…?みたいなもんだろうし。


「付き合いたい、とかも思わねぇの?」
『んー…思ったこと無いねぇ…』
「マジかよぃ…」


その唖然とする顔が本当に疑問である。
あれか?マネージャーは大体その部活内の誰かしらと付き合ってる、みたいなイメージか?


「流石に、かっこいい、とかは思うじゃろ?」
『そりゃあ勿論かっこいいとは思うよ。一緒に打つのもだけど、皆がテニスしてるのをただ見てるのも大好きだし』


だからと言って、そこから付き合いたいという思考にはならない、と思うんだけど…


「単純に、興味が向いてる方向の違いじゃな」
「あー…」


隣と正面との会話にどういうことだと首を捻っていれば、反隣のジャッカルが、


「お前はテニスが好きなんだろ?」
『?うん。大好き』
「そういう事だよ」


ますます意味が分からなくなった。
うんうんと頷くブン太の横で、ぐさりとピンク色のチョココーティングがされたひとくちケーキにフォークを突き刺し、赤也が拗ねたように口を尖らせた。


「やっぱ俺、名前さんに立海(ウチ)のマネージャーやってて欲しかったッス」
『えぇ?立海にもマネージャーはいるんでしょ?そんなこと言ったら可哀想じゃん…』
「立海(ウチ)にマネージャーはおらんぜよ」


え、と雅治を見れば、彼はつまらなさそうな顔でケーキの上に乗っていた小さなイチゴだけを口へと運んだ。


『マネージャーいないの?』
「いた、ような、いない、ような」
『はい…?』


もごもごと口を動かす雅治は、相変わらず理解に苦戦するような言葉を独特の間合いで口にする。


「いや、マジで仁王の言う通りなんだよなぁこれが」


もしかして…精市と同じような訳あり…?
だとしたらあまり踏み込んではいけない内容なのではないだろうか。
言葉を引っ込めた私に、雅治がくつくつと笑った。


「深刻な問題じゃあなか。ただ、奴らの興味の先がテニスじゃなかっただけじゃき」


奴ら…?ということは、複数人いたのか。
興味の先がテニスじゃなかった、というのはどういう…?


「分かりやすく言うと、ミーハーしかいねぇっつーか…」


深い溜息と共に吐き出された言葉に、漸く理解した。
なーるほど…どこもかしこも苦労してるんですね…


『それは…じゃあやっぱそっちもバレンタインの日は大変だったでしょ…』
「てことは青学もか…?」
『いやぁー…あれは凄いね、うん…』


甘いもん沢山食えんのは嬉しいんだけどなぁ、とブン太がなんとも言えない顔で笑う。
ブン太は勿論全部貰ってそうだし、ジャッカルも断れないまま貰ってそうだし、赤也…も、人懐っこいからちゃんと貰ってる気がする、が。


『雅治は本命以外は受け取らなさそうだねぇ』
「本命なんてもんおらんぜよ」
「ってかそもそもコイツ、バレンタインの日は学校に来ねぇよ。放課後の部活は出てっけど」
『え』
「わざわざ自分から戦場に行くほど阿呆じゃなか」
『戦場て…』


なるほどな、そもそも学校に来ないっていう手があるのか…
そこまでさせるとは…恐るべしバレンタインデー…


『ブン太とジャッカルと赤也は?量はなんとなく予想出来るけど、ちゃんと全部受け取ってるの?』


聞けば、やはりブン太とジャッカルはしっかり受け取っていて、意外にも赤也は受け取らないとのこと。


「だって何が入ってるか分かんないじゃないっスか…丸井先輩もジャッカル先輩も、良く食えんなーって思ってんスけど…」
「や、流石に食うヤツは選んでるっての」


二人の会話に、ちょっと待ってと声が漏れる。


『何が入ってるかって…何、都市伝説じゃないのそういうのって…』
「それがな…たまにあんだよ。俺は今んところそういうのは無いけどな」


何を思い出しているのか、若干顔色を悪くしたジャッカルに続いて赤也もさあっと顔を青くした。
私というより、赤也の為にも聞いてはいけない気がする。


『と、とりあえず、赤也は被害者で…?』
「…まぁ…そッスね……あと俺が知ってんのは柳生先輩…」
『うわぁ…』
「参謀も去年そういうのがあってから受け取らなくなったナリ」


どうやら参謀というのは蓮二のことらしい。
元々受け取らなかった組と、何かしらの被害を受けて受け取らなくなった組を除くと、どうやら立海ではブン太とジャッカルだけが贈り物を受け取っているようだ。
話を聞いている限りうちの皆が断ってたのは恐らく懸命な判断だとは思うが、女の子達の気持ちを考えるとちゃんと受け取ってるブン太とジャッカルは偉いし優しいと思う、けどなんとも言えない……と複雑な気分である。


「っああああやめやめ!折角美味いスイーツ食いに来てんだから!この話は終わり!」
「そ、そッスね!!」


がたりと立ち上がったブン太が、赤也を連れてケーキの方へと歩いていった。


『…まだ食べんの、あの二人…』
「すげぇよな…」


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