28


「では、本日はここまでとします」


お疲れ様でした、という声が揃い、各々が生徒会室から出て行く。
皆テストで疲れていて早く帰りたかったのか、いつもより早く意見が出たおかげで解散も早い。
今日の会議で出た意見をまとめた紙をファイリングしていると、もう既に生徒会室には私と国光と先生しかいない。
皆帰るのはっや…


「先生」
「ん?どうした手塚君」
「この後少し生徒会室を使用してもよろしいでしょうか」
「あぁ…まぁ、手塚君なら大丈夫か。じゃあ鍵は職員室に戻しておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」


鍵を国光に預けた先生が生徒会室を出ていき、部屋に残ったのは私と国光だけ。
まだ何かやることがあるのなら手伝おうと国光を見れば、彼は自身のラケットバッグから昨日今日のテスト用紙を取り出して机に置いた。


「空き教室の鍵を借りに行くよりは楽だろう」
「確かに…」


それに生徒会室の椅子は座り心地も良いし、開放的な教室とは違ってわざわざこんな所に来る人もいないから気が散ることもなさそうだ。
ファイルを棚に差し込み、私もテスト用紙を取り出して国光の隣に座った。


「そうだ、先に英二に連絡しとく」
「分かった」


国光に断ってからスマホを取り出し、事情を説明する文を送った。
すぐに返ってきた返事と一緒に送られてきたのは一枚の写真。


「ふふっ」
「どうした?」


その写真を国光に見せれば、彼の眉間には小さなシワが出来上がる。


「あいつら…」


互いを掴み合う桃と薫、それを慌てた様子で仲裁する秀…画面手前に写っているピースは英二の手だろうか。


「ほんとに、あの2人仲良いよねぇ」
「…お前の目にはそう見えるのか、アレが」
「これで仲悪いとは思えないもん。ほんとに仲悪かったら常にお互いを意識なんてしないでしょ?薫なんて特に」
「…ふむ、そうか…」


少し捻れた方向ではあるが、仲が良いからこそ、常に互いを意識し、そして良き仲間…ライバルに。
桃にとっての薫、そして薫にとっての桃。
そんな人物は今まで私にはいなかった…とまではいかないが、ここまで常に一緒にいたわけではないから、2人が羨ましい。


「ライバルかぁ…仲間っていいよなぁ」
「お前だって仲間だろう」


へ、と国光を見れば、さも当たり前のような涼しい顔がこちらを見ている。


「俺達青学テニス部は仲間だろう。その言い方は、まるでお前だけ仲間ではないように聞こえるが」


少し険しくなったその顔は、何処と無く怒っているようにも見える。


「っや、皆同じ夢を持った仲間だと思ってるよ!ただ、…思い出しただけで…」


当時双子の兄のように慕っていた彼、そして、弟のように思っていた彼。
あの兄弟は元気だろうか。
兄の方はさよならも言えないまま、一つのテニスボールだけを残していつの間にかどこかに姿を消してしまった。
弟の方も最後の日に見送りに来てくれた時以来、一度も連絡すら取っていない。
取っていないというか、取りづらくて連絡出来ていないという方が正しいけれど。


「…アメリカにいた頃の仲間か?」
「仲間っていうか、もう兄弟みたいなもんだったなぁ。父親同士が仲良くて、向こうもテニス一家だったから……あ、その2人はほんとの兄弟なんだけど」
「ほう」
「…でも、お兄ちゃんの方はある日突然いなくなっちゃったから、今どこで何をしてるかわかんないんだよね」


"またな"という力強い字が頭に浮かぶ。
彼はきっと今もどこかでテニスを続けているはずだし、そう信じたい。
弟の方も、きっと今頃アメリカのジュニアで活躍しているだろう。
あの時私は逃げるようにすぐ背を向けてしまったけれど、彼が別れ際に言ってくれた、名前の分まで強くなるから、という言葉は今でも忘れていない。


「…って、私の話なんかよりこっちだよ、ごめんごめん」


思い出したようにペンケースからシャーペンを取り出せば、隣からは、いや…と少し言いにくそうな否定の言葉が。


「正直、アメリカにいた頃の話はこちらからは聞き辛いところだったからな…お前から話してくれるのなら、いつでも聞きたいと思っている」
「え…でも、つまんなくない?」
「その時の経験がお前をここまで強くさせたのなら、興味はあるが」


改めて言われてしまうと逆に何を話せばいいか分からなくなる。
私が強くなろうとした理由、強くなれた理由ならば、ひたすら父さんと南次郎さんの話になってしまうのだが…
いや、あの2人は言うて元プロだし、国光からしたら興味はあるかもしれないけれど…
あの2人の凄さはよく理解しているが、かたや自分の親、かたやほぼ親のような人の話をするのはなんとも恥ずかしいような気もする。


「ま、またそのうち…」
「…いいだろう」


かちゃりと眼鏡を押し上げた国光が、歴史のテスト用紙を手に取った。


「俺の答えは全部書いてある。見るか?」
「見る!ついでに古典と現国も!」
「あぁ、そう言えば国語が苦手だったな」


国光の国語、社会のテスト用紙と、私の英語、理科のテスト用紙を交換し、それぞれ自分のテスト用紙の解答メモと見比べていく。
数学も好きだから自信があるとはいえ、見直しをしたかった。
テスト用紙自体が解答用紙でもあったから、回収されてしまって手元にないのが残念だ。


「…私、こんなに楽しいテスト週間て初めてだったな」


見直しの合間にふと言葉を漏らせば、隣で動いていた手が止まった。


「来年もまた皆でテスト勉強出来たらいいねぇ」


小さく笑う声。
隣からまた手を動かす音と一緒に、


「そうだな」


と、優しい声が返ってきた。


back