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今回のテストはそこそこ自信があったのだが、総合的にはやはり国光には勝てなさそうだ。
それでも見直しの結果、かなりいいところまでいったのではないか、という感じ。


『今回のテスト、密かに目標があってね』
「なんだ?」
『国光の一個下に名前を載せること』


学年2位!と付け足して笑えば、国光は一瞬きょとんとした後にすいっと視線だけを綺麗に私から外した。


「まだ俺が1位だと決まった訳では…」
『いやいや、1位でしょこれは』
「…目標があることはいい事だと思うが」
『でね!来年の目標は、国光を超える!』


彼の視線が戻ってきた。
少しの間私をじっと見ていた国光は、僅かに目を細め、口元を綻ばせた。


「ならば、俺とお前は勉強面でのライバルだということになるな」
『!』


思ってもいなかった彼からの言葉は、私の頬を緩めるのには十分だった。
確かに、ライバルは何もスポーツだけの話じゃない。


「英語と理数に関しては、お前の方が上だろう。解くスピードも早い」
『国光だってそんなに変わんないと思うけど…?』


先程確認した英語は全ての解答が国光と完全一致したし、理科系統はほぼほぼお互いに同じ答えが連続していた。


「だからこそ、お前に負けないために頑張ったんだ」


国光は私を意識し、私の得意分野に遅れを取らないように勉強した。
私は国光を意識し、今回は彼の一つ下、そして来年は打倒国光を目標とした。
知らず知らずのうちとはいえ、互いが互いを意識し努力したのであれば、ライバルと言っても過言ではないだろう、と国光が言う。


「数学の結果次第だが、ここまでは俺もお前もそれほど点数は変わらないように思う」
『いやいや、国光のが高いって。しかも私現国の点数高いやつ間違えちゃったしなぁ…』
「まだ俺の解答が正解だとも限らないだろう。あれは俺も悩んだ」


国光でも悩む問題があるのかと、どこかホッとする。
でも悩んだとか言っておいて合ってるんだ、私は騙されないぞ。

見直しが終わったテスト用紙をバッグに戻す頃にはもう日が傾いていて、いつの間にか窓から射し込む光もオレンジ色に染まっていた。
そろそろ英二から連絡が来そうな頃合だ。
メッセージが来ていないか確かめようとスマホに手を伸ばすと、名前、と国光が静かに私を呼んだ。
ん?と振り向けば、真面目な顔をした国光が少し言いにくそうに視線をふらりと揺らす。


『どしたの?』
「…お前は…テニスでもライバルだと言われたら、どう思う…?」
『え…』


言葉を見失った私に、国光は小さく頭を振った。


「いや、すまない。聞かなかったことにして欲しい」


そんなこと言われてもばっちり聞いちゃったし。
それに、何を思うよりもまず、純粋に嬉しかった。


『ふふ…やっぱり国光は優しいなぁって思った』
「優しい…?」
『さっきの桃と薫とか、アメリカでの話を聞いて、私を想ってそう言ってくれたんじゃないの?』


意外にも、彼は違うと首を振った。
申し訳なさそうに僅かに顔を歪め、その視線は下へと落ちる。


「単に俺の我儘のようなものだ」


国光の、我儘…?
詳しく聞こうとするも、それより先に国光が小さく咳払いをした。


「ところで、菊丸からメッセージは来たのか?」
『え?あぁ……あ、来てる。今からファミレス向かうって。薫は家の用事で帰るみたいだけど』
「そうか。なら俺達も行こう」
『え…うん…?』


さっと立ち上がり、ラケットバッグを背負って歩き出した国光。
わざとらしく話を逸らした彼に、我儘だというその真意を聞くことは出来なかった。



* * *



菊丸との初めての打ち合いを見た時、俺は素直にお前を強いと思った。
お前のハンデを知っていたからこそ、俺も負けていられないと思った。
その時もだが、少し前に名前と打ち合いをして改めて思ったことがある。

俺はいつかお前と、…本気のお前と試合がしたい。
勝敗のつかなかったあの戦いの続きを、どちらも完全な状態で。

こんなことを言っても名前を苦しめるだけなのは分かっているから、だから、言えなかった。
その言葉の中に優しさなんてものはありはしない。
"我儘"というたった二文字に隠した俺の本音を知ったら、お前はどういう顔をするだろうか。
きっと辛そうな顔をしながらも「ありがとう」と笑うんだろう。
そんな顔をさせたくなかったから、無理やり話を終わらせるような行動を取ってしまった。
元々変なことを言わなければ良かっただろう、なんて、今更後悔して自分を責めても遅いというのに。


『うっ!?な、何これ…』


すぐ隣から聞こえた彼女の声にハッと我に返った。
どうやら菊丸と桃城がドリンクバーで色々なドリンクを混ぜた物を名前が飲んだらしい。


「だ、だから言ったじゃないスか、飲まない方がいいって…」
『だって周助が!思ったよりマズくないって…!』
「思ったことを言っただけなんだけどな」


顔を顰めながら自身のホットココアで口直しをする名前の視線の先では、不二が至って通常通りのにこやかな顔で首を傾げている。


「不二の言うこと真に受けちゃダメだよ名前〜…不二はあの乾汁も平気で飲めちゃうんだから…」
「大丈夫かい?名前ちゃん」
『ココアのおかげで一命は取り留めた…』


あ、と声を漏らした名前が、イタズラを思いついたような顔で魔改造されたドリンクが入ったグラスを持ち上げた。
まさかまた飲むのか、と止めようとしたが、悪く細められた彼女の目は俺に向けられ……


『あと飲んでないの、国光だけだよ〜』
「………」


……そう、来たか。


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