月は移り、3月が始まった。
気温も徐々に上がり、街路樹は見渡す限り可愛らしいピンク色の花でいっぱいになっていた。


「そろそろ梅の花も見納めだな」
『そうだね〜。アメリカじゃ梅の花なんて滅多に見れなかったから、この時期が一番好きだな』


もう暫くすれば満開の桜も見られるだろう。


『うちの家の庭に、大っきい桜の木があるんだけどさ』
「ほう?」


私が生まれた年に植えられたその桜は、勿論私と同い年。
アメリカに行く前には既に私の背を軽く超えていたが、帰ってきた時には更に大きくなっていて、今ではもう大木だ。


『咲いたら、皆でお花見でもしたいね』
「大人数でおしかけたら迷惑じゃないか?」
『前おばあちゃんも言ってたでしょ?皆でおいでって。おじいちゃんもそういうの大好きな人だから大丈夫だよ』
「…なら、その時はお邪魔させてもらおう」
『私が学校の友達といるとこなんて見たことないから、2人とも張り切っちゃうかも』
「それは…申し訳ないな」
『ふふ、大丈夫大丈夫』


そんな話をしながら学校に着き、相変わらず誰よりも早い秀に朝の挨拶をした。
続々と部員達がやってくるが、心なしか皆の顔が暗い。

それもそうだろう。
今日から学年末テストの返却が始まる。
ちなみに順位が貼り出されるのは、全学年全クラスのテスト返却が終了した次の日だ。


「赤点だけは取ってませんよーに…っ!」
『大丈夫だよ桃、皆で頑張ったじゃん。自分を信じて』
「俺…あんだけ教えて貰っといて赤点取ったら、先輩達に顔向け出来ねーッス…」


あぁ、そうだ、と貞治が思い出したように桃の肩に手を置いた。


「実はあの時の試作品の改良版を完成させたんだ。今回赤点を取った人は、取った数×1杯飲んでもらおう」


名付けて"F(フェイル)・ティー"と呼ばれた赤黒いそれを、どこからとも無く取り出した貞治がにやりと笑う。
ゲッ、と桃が悲鳴を上げた。


『"fail"って、もはや赤点用に作られてんじゃん…』
「フフ…その通り」
『貞治楽しんでない…?』


眼鏡を光らせる貞治と、後で少し試し飲みさせてよ、と笑う周助に巻き込まれないように、2人から少し距離を取った。



* * *



部活だけでなく、朝のHR後の教室内の空気もいつもより重々しい。
皆これから返却されるテストに内心ヒヤヒヤしているのだろう。
かくいう私も国光と一緒に自己採点のようなものはしたが、正直かなり緊張している。
でも緊張は努力の証とも言うし。
桃に言った、自分を信じて、という言葉を自身にも言い聞かせるように胸の中で反復した。

今日から数日間の授業は、技能教科(音楽・図工・家庭・体育)以外は全てテスト返却とその復習だ。
午前中に返ってきたテストは、数学98点、歴史96点、古典・漢文92点とまあまあな出だし。
だが、数学は計算の途中でマイナス記号がいつの間にか消えていたケアレスミスで点を落としてしまった。
満点の自信があったのに割とショックだ。
なんで見直しで気づけなかったんだろう…2点はでかいぞ…

数学のショックを引きずったまま昼休みになり、屋上に向かう準備をしていれば、何時だかのように教室に笑顔の英二が突撃してきた。


「名前〜!!」
「え、英二っ、引っ張らないでくれ…!」


そんな彼の後ろには、掴まれた手を引っ張られる形で秀が続く。


『…どしたの?』


聞いて聞いて!と嬉しそうに言う英二の、次に続く言葉がなんとなく理解できた。


「英語のテスト、もうちょっとで60点だったんだよ!先生にもびっくりされちゃった!」


おぉ、思っていたより高い。
英二の英語の苦手具合は1年の時からよく知ってるから、彼にしては中々の高得点ではないだろうか。


『すごいね!頑張ったじゃん!』
「名前のお陰だよぅ!ありがとー!」


余程嬉しかったのか、両手を掴まれブンブンと振られた。
数学のせいで落ちかけていた心が、その笑顔のおかげで回復した気さえする。


「一番最初に名前に言おうと思ったんだけど、廊下でバッタリ大石に会ったから先に話しちゃった〜」
『だから秀が引っ張られてたのか』
「余程嬉しかったみたいでね」


私に報告出来たことで満足したらしく、先程よりも若干落ち着いた英二と秀と共に教室を出れば、こちらに気づいたタカさんがやぁと弱々しい笑みを浮かべながら近づいて来た。


『タカさん元気ないね…?』
「数学でケアレスミスしちゃってね…」
『えっ!私もだよ!』
「名前ちゃんも!?」


どこ!?と聞けば、私と同じく序盤の計算問題の所で、至って簡単な計算ミスをしてしまったらしい。
私も記号を間違えたことをタカさんに伝えれば、彼は驚きつつもホッとしたように笑った。


「名前ちゃんでもケアレスミスするんだね…お互い次は気を付けよっか…」
『ねー。どっかの誰かさんに、最後まで油断するな、って言われちゃう』
「ねね、2人は数学何点だったの?」
「俺は89点だったよ。計算ミスが無ければ90点超えてたんだけどね…」
『私はプラスマイナス間違ってなければ満点でしたね…』


えっ、と3人の声が重なり、ドンマイ…と憐れむような目で見られた。



* * *



昼休みはご飯を食べながら、ほぼほぼ途中結果の報告会だった。
嬉しかったのは、英二と同じように桃と薫が嬉しそうに英語と理科のテスト結果を報告してくれたこと。
その他のメンバーも聞いている限りだと、今の所はいつもより満足のいく結果になっているようで、皆で勉強会してよかったと一安心。
私も皆がいてくれたお陰で頑張れたわけだし、来年も出来たら皆で集まりたいねとそれとなく言えば、全員が勿論と笑ってくれた。

午後の授業では英語のテストが返ってきて、先日の見直しの通り満点だったから国光も満点のはずだ。

そんなこんなで本日のテスト返却の結果は、
数学98点、歴史96点、古典・漢文92点、英語100点
といったところである。
残る教科は現国、物理・化学、生物・地学、地理で、理科は全体的に好きだから良いけど、地理と現国が少し不安なところだ。


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