今年の青学テニス部は都大会で準優勝したものの、関東大会では惜しくも4位という結果を残した。
残念ながら全国大会には進めず、8月の関東大会をもって先輩達の引退が決まってしまっていた。

私がマネージャーになることが決まったのは10月に入ってからだったから、部活内で先輩達のマネージメントをすることはなかったけれど、たまに遊びに来てくれた先輩達は皆とても優しい人達ばかりだった。
これからの練習に励む1、2年生の代わりに、私のためにわざわざ業務を教えに来てくれる先輩も沢山いた。
そんな先輩達のおかげと、元々テニスの知識もあったことで、短い期間でマネージャー業は自分でも満足できる出来になった。
ぽっと出のマネージャーにも関わらず、元々仲の良かった彼ら以外の部員達も私の事を信用してくれて嬉しい限りだ。
ちょっと生徒会副会長っていう肩書きを利用するみたいな感じにはなっちゃったけど。
ちなみに着替えは有難いことに女テニの部室を貸してもらっていたりする。

そんなこんなで、私がマネージャーになってから一ヶ月程経ったある日。


「名前〜!」


今日の部活も無事終わり、カゴからカゴへ移しながらボールの個数を数えていると、横からひょこりと顔をのぞかせたのは英二だった。


「今日の俺と大石のダブルス、ちゃんと見てたっ?」
『勿論見てたよ。相変わらず息ぴったりだったね、2人共』


へっへーんと笑う英二はとても嬉しそうだ。


『でも、英二はただでさえよく動き回るんだから、もっとスタミナ付けようね。後半バテてたのバレバレだよ』


ボールを移す手を止めずに笑いながらそう言えば、英二は途端にうへぇと顔を顰めた。


「今日はバレてないと思ったのにぃ…」
『まだまだだね〜』


ちぇー、と声を漏らす英二の横で、空になったカゴに地面に散らばっていたボールを拾ってはぽいぽいと投げていく。
英二もしゃがんでそれを手伝ってくれて、カゴの中には徐々にボールのピラミッドが出来上がっていった。


「名前ってさぁ、テニスのこと詳しいじゃん?俺達のこともいつの間にかよーく見てて、めちゃくちゃドンピシャなアドバイスくれるし」
『そうかな?ちゃんとアドバイスになってたらいいんだけど』
「球出しもすっげー正確だし…それ以外で打ってるのは見たことないけど、やっぱやっぱ!実はめちゃめちゃテニス上手かったりして!」


探るように明るく言われたその言葉に、私の手はピタリと止まった。
こういう時はなんと返すのが正解なんだろう。
動きの止まった私に、英二は私の名前を呼びながら顔を覗き込んできた。


「名前〜?」
『あ、いや……どうだろうね…?』
「またそれー?名前ってば、さぁね〜、とか、どうだろうね〜が多すぎ!」
『え!?だ、だってさ!仮に上手かったとしても、自分で、私ってテニス上手いんだよ〜とか言いにくいじゃん…!』


じゃあさ!と英二は明るく言う。


「今度俺と打ち合いしよーよ!」


ぽろ、と手からボールが零れた。


『あっ…』
「ねね、いいでしょ?俺、名前と打ってみたかったんだよにゃ〜!部活前か、終わった後にちょっとだけ!ねっ?」


慌てて跳ねるボールを抑えて拾い上げ、カゴに入れた。
英二は私の動揺には気づいていなさそうで、安心しつつもどう切り抜けようかと微妙な返事を返していると、


「菊丸、苗字はマネージャーだぞ」


いつから聞いていたのだろう。
腕を組んだ手塚くんが私達を見下ろしていた。


「あ、手塚!」
「そんなに打ち合いがしたいなら、俺が相手になるが」
『え』
「えっ?」


これはまさか、私をかばってくれているのだろうか。
私の過去を聞いた上での罪悪感か、はたまた責任感か……責任感という言葉の方が彼にはピッタリな気がする。


「う〜ん、めっずらしー手塚からのお誘いも大歓迎だけどさぁ?手塚も、名前の打ち合い見てみたくない?」
「………」


黙るな手塚くん、否定しろ、早く。
沈黙は肯定ととったのか、英二はにししと笑った。


「でしょ〜!てことで明日の部活後ね!黙って帰ったら怒るかんなーっ!」
『あっ、ちょ…!』


ひょいっと片方のカゴを持ち上げ、言い逃げするかのように部室へと駆けていく。
取り残されたのは、中途半端に腕を伸ばした私と、その後ろで難しい顔をする手塚くん。


『……なんであそこで黙るかなぁ』
「…すまない、言葉が浮かばなかった」
『ていうか、手塚くんも私の打ち合い見たいの?』
「全く興味が無い訳では無い」
『素直に見たいって言えばいいのに…』
「………」


自然に零れるのは深いため息で。


『いや、まぁ打つのはいいんだけど…英二と打ち合いかぁ……よりにもよって英二かぁ…』


その軽い身のこなしでアクロバットプレイを得意とする英二。
スタミナ不足を課題とする彼だから、こちらが持久戦に持ち込もうとしない限りそうなることはほぼないとは思うが……


『走り回されそうだなぁ…』
「…なら、断って来たらどうだ」
『うーん…』


彼の笑顔に負けた、なんて言ったら笑われるだろうか。
私とのテニスをあんなに楽しみにしてくれている様子の英二に、無理、なんて言えるはずがない。
だって、私だって、打ち合いしたいもん。
テニスがしたい。


『…あのさ、頼みがあるんだけど』


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