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屋上のドアが閉まり、2人の姿が見えなくなる。
しんとした空気を破ったのは不二の笑い声だった。
「不二?何笑ってんの?」
「ふふっ…いや、手塚を見てると面白いなぁって」
ハテナを飛ばす英二に、桃が控えめな声を出した。
「あの…俺前から思ってたんスけど」
「ちょっと待った」
「え、乾先輩…?」
そんな桃を止めた乾は、俺達の顔を見回してから、
「一つ聞いておくが、この中に名前のことを恋愛対象として見てる人は?」
え、と俺を含めて全員の動きが止まる。
名前ちゃんのことを恋愛対象って、…好きかってこと…?
暫く無言の時間が続き、乾は桃へ頷いてみせた。
「いいよ、桃。続き」
「あ…その…手塚部長って名前先輩のこと……」
そこで消えるように止まった桃の言葉の続きは、先程の乾の質問のせいもあってか流石の俺でも簡単に予想がついた。
不思議な感覚が体を流れていくのと共に、どこかスッキリしたような納得したような、難しい問題が解けた時のような気分だ。
「…海堂はどう思う?」
突然の乾からの質問に、海堂はえっと驚きつつも言いにくそうに視線を逸らした。
「いや…まぁ……俺もなんとなくは…」
学年も違えば、あまり他人に関心が無さそうな海堂にまで見破られていたとは…
「フフ、こんなにも早く朝の話の続きが出来るようになるなんてね」
「僕もビックリだよ」
お互い理解し合っているかのように笑い合う乾と不二はいつもより数倍楽しそうで、それでいてどこか恐怖も感じる。
朝の話…?と不思議そうな顔をする桃と海堂の前に、英二ががばりと身を乗り出した。
「ちょ、ちょい待って…!?もしかして、手塚って名前のこと好きなの!?」
桃が濁した部分をハッキリと言葉にした英二に、自分のことじゃないのにドキリと胸が跳ねた。
「僕はそうだと思ってるけど。ねぇ、乾」
「あぁ。俺もそう思う」
「うっそぉー!?」
「そ、そっスよね…!?」
「と言っても、本人が気づいているかは不明だけどね」
今までの手塚の名前ちゃんへの対応は全て、異性しかいない男子テニス部にいてくれている名前ちゃんへの責任感だと思っていた。
なんと言っても2人にはハンデという共通点もある。
けれど、不二と乾に言われるともう、そうとしか思えない。
今朝テストの順位表の前で手塚が名前ちゃんに向けていたあの柔らかな顔がふと頭に浮かんで、納得とも言える感情がすとんと心に落ちた。
「で、でもさっ?名前って手塚のことどう思ってんのかにゃ…?」
英二の言葉に、乾と不二は困ったように目を合わせた。
「うーん…それが難しいところでね」
「名前は基本誰に対しても同じように接するからね。手塚と違って、今まで特に手塚に対しての突飛した行動も無いし」
手塚と違って、という所をわざとらしく強調した不二に思わず苦笑した。
「あの2人、家が近所だからほぼ毎日登下校が一緒だろう?委員会も一緒だし、本当は毎日後ろから見てデータを集めたいところだが、そうもいかないからね」
「さ、流石にそれはプライバシーが…」
「そう思って我慢している俺に感謝して欲しいくらいだよ」
フフフ…と怪しく笑う乾。
踏みとどまってくれて本当に良かったと思う。
「ど、どうしよう…こんな話聞いちゃって、明日から2人の前でどういう顔していいか分からないよ…」
困ったように言うタカさんに激しく同意だ。
手塚とも名前ちゃんとも同じクラスじゃなくて良かった…
「でもでも!手塚と名前ってお似合いってゆーかさぁ?ね!大石!」
「えっ!?」
突然話を振られて、僅かに上擦った声での返事になってしまった。
「だって、あの手塚にだよ?名前ってば顔色一つ変えないし、なんならたまに言い負かしてるし、そんなこと出来るの名前くらいじゃん?」
「た、確かに…」
それに!と英二から出たのは今朝見たあの手塚の笑顔の話。
笑顔というか、いつもより少しだけ柔らかくなった表情というべきか。
ハテナを飛ばす後輩組にあの時の事を説明した英二は、にまりと楽しそうに笑った。
「手塚があんな顔してんの見たことないもん!しかも不二と乾は良くあるって言うし!」
「おっと、だからって今日から毎日手塚の顔色を伺うようなことはしないでくれよ。まだ完全に確定している訳じゃあないし、変に不審がられたら取れるデータも取れなくなってしまうからね」
「き、気をつける…!」
それから不二と乾と英二主導の元、手塚と名前ちゃんのことに関する情報の共有をしようという流れになってしまった。
普段から使っているメッセージアプリに新たに追加された秘密のグループには、今後どんな内容が刻まれていくことになるのだろうか。
他人の問題に足を突っ込むのはあまり気乗りはしないが、あの手塚に好きな人が出来た、しかもそれが名前ちゃんだとなれば応援したくなるのも確かだ。
それに名前ちゃんだって大切な仲間だし、どうしても2人の今後が気になってしまう。
それは海堂も同じようで、少し複雑そうな顔で秘密のグループが表示されているであろうスマホの画面を見下ろしていた。
「少し気は早いけど、来年のクラス分けが楽しみだね」
にこりと笑う不二に少し胃が痛くなった。
無いとは思うが、もし手塚と名前ちゃんが同じクラスになったとして、そこに一人放り込まれることにだけはならないで欲しい。
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