テストが終わってから、部活が始まったのと同時に卒業式の練習も始まったことで、最近の私と国光は慌ただしい日を送っていた。
どちらも私の仕事はこれといって無いのだが、万が一国光に何かあった場合の代役で私が壇上に上がらなくてはいけないため、部活がない日は放課後に国光と共に生徒会室や体育館で先生達との打ち合わせやスピーチの練習が行われている。
私と国光の部活が同じだったことはこちらにも学校側にもラッキーで、先生達もそれを考慮してわざわざ部活がない日に予定を立ててくれているのが有難い。

お疲れ様でした、という声で、本日の部活も終わりを告げた。
明日は日曜日だ。
学校も部活もないし、少し気は早いけど記録を持ち帰って春休み用に効率のいい練習メニューでも考えようかな。


『今日ファイル持ち帰るね〜』


言いながら彼を追い越し、部室に向かう私の背中に届く、駄目だ、という声。
……ん?
ぴたりと足を止めて振り返れば、国光はもう一度、駄目だ、と念押するように言った。


『っな…明日休みだよ!?』
「だからだ」
『何それ!?』


休みだから持って帰っちゃダメとはどういうことだ。
反論の言葉を重ねようとした私に、国光の鋭い視線が刺さる。


「お前がたまに、俺に何も言わずに記録を持ち帰っているのがバレていないとでも?」
『ひぇ、え、なんで知って…』


はぁ、と国光がため息をつき、腕を組みながらじとりと私を睨んだ。


「…やはり持ち帰っていたようだな」
『あ、…あ!?騙したな!?』
「人聞きが悪いな。お互い様だろう」


うぐ、と言葉に詰まった私に、国光の隣で話を聞いていた周助がくすくすと笑った。


「今回は手塚の方が一枚上手だったね」
『うぅぅ…!』
「名前が言い負かされてんのめっずらし〜」
『っそもそも!記録持ち帰んのが許可制ってなんなんだよぉ!好きに持ち帰っていいじゃんかぁ!』


思わず出た声は、傍から聞いたら負け犬の遠吠えのようなものなんだろう。
相変わらず、駄目だ、というただの3文字だけが国光から返ってくる。
ぷくりと片頬に僅かに空気が溜まった気がした。


『…お母さぁん、国光がいじめる〜』


な、と少し詰まったような声が国光から聞こえたような気がしたが、無視して秀の後ろに周り込めば、えっ!?と焦ったような声と共に秀が私を見下ろした。
背中から覗き込む先では、いつもの様に眉間に皺を寄せた国光がじっとこちらを見ていて、


「………」
「い、いやっ、俺を睨まないでくれ手塚…!?」


あっはは!と周助が笑った。


「手塚、ちゃんと言った方がいいんじゃない?最近は忙しいから、休日くらいはしっかり休めって」
『…へ?』


国光から周助へ、そしてまた国光へと視線を戻せば、彼はどこか居心地の悪そうな顔をして私をちらりと見た。


「…そういう事だ」
「ほ、ほら名前ちゃん、手塚は虐めてるんじゃなくて、名前ちゃんを心配してるだけだよ」
『心配…』


小さく息をついた国光がスタスタとこちらに近づいて来る。
未だ秀の背から様子を伺う私の前まで来ると、彼は腕を組んで私を見下ろした。


「この所、卒業式の練習にも時間を取られているだろう。また寝不足にでもなるつもりか?」
『い、いつの話を…』
「お前はもう十分過ぎる程に俺達のサポートをしてくれている。だからたまにはしっかり休息を取れ。全て一人でやろうとするな」


まるで小さな子供に言い聞かせるようなその声に、何も返す言葉が浮かんでこない。


「お前の真面目さも、俺達のために色々しようとしてくれていることも、良く分かっている。だからこそ、俺はお前が心配だ。…これで伝わったか?」


唐突に普段聞かない彼の真っ直ぐな心の内を聞かされ、しかも褒め言葉で、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
2人ならまだしも、周りには皆がいるのにそんな淡々と…恥ずかしくないのかこの人は…


『わ、分かり、ました…』
「分かったならいい。明日はしっかり休め」
『…は、はい…』


くるりと背を向け部室に向かう国光を、英二の、ほぇ〜…という声が見送った。



* * *



あ、焦った…
自分が今どんな表情をしているのか、息すらちゃんとしているのかさえ分からないくらい、心臓がうるさく音を立てている。
まさか2人の間に立たされたまま、あんなやり取りを聞かされることになるなんて…


「名前」
『…なに、貞治』
「もし春休みのメニューを考えようとしていたなら、俺も力になれると思うんだけど、どうかな」


はぇ、と変な声共に名前ちゃんが俯いていた顔を上げた。


『な、何で分かったの…』
「簡単なことだよ。今あるコート表はもう全てまとめられているから、それではない。とすると、普段の練習メニューを考えるのかなと。しかも、そろそろ春休みだ。まだ少し早いけど、名前ならもう考え出してもいい頃かなと思ってね」


フフ、といつも通り笑う乾に、なるほど、と思うのと同時に少し体の緊張も解けた気がした。
名前ちゃんが乾と会話をしている隙に、じりじりとその場から後退していく。
ぽん、と肩に手が置かれ、振り返れば珍しく苦笑いを浮かべる英二がいた。


「お疲れ、大石」
「…はぁ〜……」


やっぱり相棒の存在というのはありがたいことこの上ない。
思わず漏れた安堵のため息に、今度は不二から、良く耐えたね、と少し面白そうな声がかけられた。
全く…試合以外でこんなに緊張したのは久しぶりだ…


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