ついに明日に卒業式を控えた今日は、卒業式用スピーチの最後の練習日だ。
今までの練習の成果もあって、国光も私もスピーチは一発OKを貰えて、それから軽く明日の最終確認をしてこの日はすぐに解散となった。


「膝は大丈夫か?」


人がいなくなった所まで来たところで、国光が声を潜めて私に言った。


『今日はいつもより早かったから大丈夫』
「それならいい」


体育館での練習初日、長時間ずっと立ちっぱなしだったせいで違和感が出た膝を、練習が終わった後に無意識に気にしていたのを国光にしっかり見られていた。
それからというもの、体育館での練習の後は必ずこうして聞いてくるようになったのだ。

クラスが違うから靴箱前で一旦国光と別れ、靴を履いてからまた自然と合流する。
いつもはこのまま真っ直ぐ正門まで歩いていくのだが、


「名前、この後少し時間をくれないか」


昇降口を出た所で、国光が足を止めた。


『いいけど、どうしたの?』
「着いてきて欲しい所がある」
『え?どこ?』
「部室だ」
『部室…?』


部活関連の何かだろうか。
私の歩調に合わせながら黙々と歩く国光に、なんだか半年前を思い出した。
あの時は行先さえ知らされないまま、生徒会室から数学準備室に向かったっけ。
日本に帰ってからその日が来るまでの私は、今の私がまたテニスコートに立っているだなんて思いもしないだろう。


『何しに行くの?』
「着けば分かる」
『前も同じようなこと言ってたねぇ』
「…?」
『ふふ、こっちの話』


部室に近づくにつれて、何故かテニスボールの打球音とわいわい騒ぐ声が聞こえてきた。
今日って部活無いよね…?
あれ?と思いながらも校舎の角を曲がれば、見えたテニスコートには誰もいない。
しかし聞き覚えのある声と打球音は近くから聞こえてきて、…もしかして共用壁打ち場の方かな、これ。


『壁打ち場に誰かいるのかな』
「…恐らく全員いるだろうな」
『え?なんで?』


スタスタと壁打ち場へ向かう国光の後を追えば、やはりそこには制服を着たまま壁打ちをするお馴染みの彼らがいて。


「あっ!」


真っ先にこちらに気づいた英二が、やっほ〜!と笑顔で手を振った。
その声で全員がこちらを向き、秀が困ったようにはにかみながら私達の方へと歩いてきた。


「ゴメン手塚、もう少しかかると思って…」
「いや、思ったより早く終わって良かった」


流れがよく分からないぞ?
なんでレギュラー陣が揃っているんだろうか。
特に今日は約束もしていないはずなんだけど…


「2人共お疲れ様」
『うん?皆もお疲れ様…?』
「さ、2人も来たことだし、部室に戻ろうか」


周助の言葉で皆はぞろそろと部室へ向かっていく。


『え…?ほんとに何するの…?』
「行けば分かる」
『えぇ…?』


どうやら、何も知らないのは私だけのようだ。



* * *



部室に着くと、とりあえず座って、と周助によって椅子が引かれた。
訳が分からないまま座れば、他の何人かも適当に椅子やベンチに座ってにこにこと笑顔を浮かべている。


「名前、今日は何の日か知ってる?」


投げかけられた周助からの問いに、まず頭の中に今日の日付が浮かぶ。
今日は、3月14日………あ、


『え…もしかして…ホワイトデーですか…?』
「大当たり」


にこ、と周助の笑顔が返ってきた。
え、待って、てことは…でも私、お返しはいいって言ったのに…?


「あんなに貰っておいて、お返ししない訳ないでしょ?」
『えっ、でも…』


名前先輩!という桃の声に振り返れば、そこには両手で抱える程の大きさの紙袋を片側ずつ持った桃と薫が立っていて。


「ハッピーホワイトデー!」
「お菓子、ありがとうございました」
『うそ…』


渡されるがままに受け取った紙袋。
底がほぼ正方形の珍しい形をしたその中を覗けば、青いリボンの着いた透明なビニールの袋の中に、白いふわふわが見えた。


『!これ…出してもいい?』


笑顔で頷く彼らに、なるべく丁寧に紙袋からそれを取り出した。


『…!!』


ビニールの袋の中では、白に近いベージュ色をしたテディベアが、底に敷かれた紙の台座の上にちょこんと座っている。
その首には青学男子テニス部を彷彿とさせる赤、青、白の3色が使われたリボンが付いていて、片端には、


"目 指 せ 全 国 N O. 1!"


と、一文字ずつ筆跡の違う文章が書いてあった。


『……いいって、言ったのに…』


つん、と鼻の奥が痛くなって、俯くのと同時にくしゃりとビニール袋が小さく音を立てた。


「貰ったら泣いてしまうから?」
『…うるさいよ貞治。マジで泣きそうだから黙って』
「フフフ」
『………っあーーーもう!!』


滲みそうになる視界に何度か瞬きをして思い切って顔を上げれば、優しい顔をした皆が私を見てて、あぁだめだ、視界がどんどん滲んでく。


「って、ホントに泣いてんの!?大丈夫!?」
『大丈夫じゃないよ…もう……ありがとう』


今までで一番嬉しいプレゼントだ、と涙が零れないようになんとか笑顔を作った私に返ってきたのは、やっぱり優しい皆の笑顔だった。


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