次の日。
部活終了と共に、私の名前を呼びながら英二がこちらに駆けてくる。


「約束、忘れてない?」
「忘れてないよ。でもごめん、打ち合いするのはいいんだけど、皆が帰ってからでいいかな」


そう言えば英二は、えっ、と言葉を詰まらせた。


「お、俺、大石達に今日名前と打ち合いすること話しちゃった…不二も乾もタカさんも、見たいって…」
「あー…」
「ごめん〜!!」


ぱちりと両手を合わせてぺこぺこと頭を下げる彼に、いいよいいよ、と苦笑した。
私も手塚くんに見ててくれなんて言っちゃったしな…と、昨日の彼との会話を思い出した。



* * *



「…あのさ、頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「明日の英二との打ち合い、手塚くんにも見てて欲しい」
「それは…勿論構わないが…」
「明日、私が今出せる全力で英二と打ち合おうと思う。なんならゲーム形式にしちゃおっかなって思ってる」


ぐっ、と手塚くんの眉が寄った。
恐らく彼は私の膝のことを考えているのだろう。


「こっちが仕掛ければきっと英二は乗ってくる。その結果がどうなっても、今の私自身のために神様がくれたいいチャンスなのかもって思ってね」


黙ったままの手塚くんに、あとさ、と呟くように続けた。


「…なんだ」
「絶対、止めないでね」


何か言いたげな彼ににこりと笑う。


「大丈夫。自分の体のことは自分がよく分かってるよ」



* * *



「…ふふ、結局皆集合じゃん」
「んぇ?てことは手塚も見に来るの?」
「私が頼んだんだ、見ててくれって」
「へぇ?」


片付けも終わって部員達も帰っていき、残ったのは私と英二、手塚くん、秀、周助、貞治、タカさんといつものメンバー。


「英二!あんまり名前ちゃんに無茶させちゃだめだぞ…!」
「大丈夫大丈夫〜」


私に続いてコートへ入っていく英二へ、はらはらした様子で秀が声をかけた。
彼の隣には相変わらず無表情で腕を組んだ手塚くん、そして、その横で他の皆が楽しみだねなんて話をしながら私達を見守っている。
先程こっそりサポーターの再確認もしたし、少しくらい思い切ったっていいだろう。
久しぶりの打ち合いだ、私自身もそれを望んでいる。


「ねぇ英二」
「ん?」
「先に3ゲーム取った方が勝ち。どう?」
「え、いいけど…名前はいいの?」


少し不安そうに聞いてくる英二ににやりと笑って見せた。


「英二の癖はよーく知ってるからね」
「むっ、負けないもんね!」


英二はきゅっと目を釣りあげ、ラケットを持った腕をぐるぐると回しながら楽しそうに言った。


「サーブ、名前にあげるよん」
「あれ、いいの?」
「もち!」
「じゃあ遠慮なく」
「よろしく〜!」
「よろしく」


きゅ、と握手を交わし、私と英二は互いにコートの端と端に立った。
地面に落としていた視線を持ち上げれば、対面のコートでは英二がラケットを構え腰を落としている。
久しぶりに見たこの景色に、久しぶりに立ったこの場所に、ぞくりと心が波打った。
左手に持ったボールにちらりと視線を落とし、ぎゅっと強く握りしめた。


「いくよ」
「おう!」


トスを上げる。
ドクンと心臓が鼓動した。
ヒュッという風切り音と共に耳に届くのは、懐かしい打球音。
いつの間にか、口元が上がっていた自分がいた。


「おっ、いいサーブ!…っほい!」


まずは小手調べなのだろうか。
英二の返した球は綺麗に私の打ちやすい場所へと戻ってくる。
まだ一発目だしね、と私も英二の打ちやすそうな箇所へボールを返した。
そのままラリーは数回続き、そろそろ仕掛けてみるかと半歩右足を引いた。
まだまだ、大丈夫。


「ありがとう英二、おかげで温まったよ!」
「!」


今までとは逆サイドにトップスピンをかけた球を送る。


「へへっ、どーいたしましてっ」


英二はぴょいっと大きく飛ぶように走り、バックハンドでクロスに打ち返してきた。
足が地面を蹴る。
こんな風にボールを追いかけたのも久しぶりだ。
今度はバックスピンをかけ、ストレートに打った。
瞬発力があり左右の動きに強い英二だから、ただ左右に振ったところで追いつかれてしまうだろう。
だからこそ、彼には翻弄が効く。


「うっ…低い球だなぁ…っ」


なんて言いつつも英二は、まさに私が欲しかったトップスピンをかけたボールを返してきた。
数年間打ってないからどこまで打てるかは分からない、けれど、なんとなく、今ならあの時のように打てる気がして。
サーブの時のように肩まで振り上げたラケットを、ボールをすくい上げるように振り抜いた。


「にゃっ!?」


一直線に足元へ向かってくるボールに早くも反応した英二は大きく後ろに下がる。
飛んでくるであろう球を見越してラケットを引いたが、バウンドした球は彼の予想とは真逆、ネットの方へと低く跳ねた。


「残念、逆でした」


ネットに当たり動きを止めたボールを呆然と見つめる英二へにこりと笑えば、


「っな……何今の〜っ!?」


大きな英二の声がコートに響いた。


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