14
3年生達がごっそりといなくなった校内は、初めのうちはがらんと静かな雰囲気を纏っていたものの、数日経った今ではもうすっかり慣れてしまった。
1年生も2年生も、修了式までは普通に授業もあるし部活もあるし、特に変わることのない今まで通りの生活を送っているからだろう。
1限目後の休み時間、私は図書室にいた。
借りていた本を返却し、また新しい本を物色する為本棚へと向かう。
普段からあまり人がいない図書室は、学生の人数も減ったことでいつもよりしんとしている。
国光や貞治が好きそうな雰囲気だなぁなんて思いながらも、本棚へと視線をめぐらせた。
…お、あれにしようかな。
背表紙だけを見て直感で決めたその本へと手を伸ばすが、高い本棚の一番上の段にあるそれには、背伸びをしてもギリギリ届かない。
仕方ない、椅子を持ってこよう。
そう思って降ろしかけた私の手を誰かの手が追い抜き、先程まで私の手の先にあった本をスッと引き抜いた。
「これ?」
少し上から聞こえた低い声に振り向けば、
「貞治…!ビックリしたぁ…」
「ごめんごめん、驚かせてしまったみたいだね」
はい、と貞治が私に本を差し出してくれた。
「ありがと〜助かった」
「どういたしまして」
噂をすればなんとやら…?
何にしてもいいタイミングで貞治がいてくれて助かった。
改めて表紙を眺める私の横で、貞治もこの本に視線を落とした。
「名前にしては珍しいものを読むね」
「知ってる本?」
「そこそこ有名な恋愛小説だよ」
「これ恋愛小説だったんだ…」
本はタイトルだけでは内容が分からない物が沢山あるが、これがまさにそうだ。
貞治は、あぁ、と理解したように頷いて、タイトルで選んだだけかな、と笑った。
にしても、恋愛かぁ…
生憎私とはそんなに縁がないような本ではあるが…
「恋愛…で思い出したんだけどさ」
「うん?」
「この前女テニの部室で…」
私の話を聞いた貞治は、面白そうに笑った。
「そういう話題なら、クラスでも良く女子達が話しているのを小耳に挟むね。テニス部にフォーカスさせてのうちのクラスの統計だけど、人気があるのはやはりダントツで手塚と不二だな」
フォーカスさせなくてもこの2人はダントツだけど、と貞治は言う。
そりゃそうだろうな、知ってたよ。
「まぁ…気持ちはわからなくもないけどさ?その…本人的にはどうなの?こういう話されてるのって」
「この手の話は、学校生活には付き物だろう。俺は特に気にしてないけど」
…そんなもんなのかなぁ。
貞治だからってのもあるような気もするけど。
「ちなみに、この手の話をしているのは女子だけじゃあないけどね」
「ん、んん…女子が盛り上がってるのは良く見るんだけど…その影に埋もれてるのかな、男子って…」
フフ、と意味ありげに笑う貞治を訝しげに見つめていれば、先程私がした質問と同じような質問を返された。
「もし名前が不特定多数からそういう話をされる側だとしたら、どう思う?」
される側だったら…
「複雑な気分だなぁ…」
「嫌、という訳では?」
「ない、かなぁ。好意を向けてくれてるんだし、どっちかって言うと照れるとか恥ずかしいとか、そういうのだと思う。多分ね」
「なるほど。後でしっかりメモしておかないと」
「…一応聞くけど、何のためのメモなのそれ」
「内緒」
ですよね。
深く聞く気は到底ないけれど。
唐突に鳴った予鈴の音に顔を上げた。
思ったより話に時間を使ってしまった。
「ごめん貞治、本選んでないよね…!」
「いや、今は返しに来ただけだから平気。ところで、名前はその本を借りるの?」
「そうしようかな。折角貞治が取ってくれた本だし」
「いいと思うよ。それ、学校が舞台だから、色々と新しい発見も出来るんじゃないかな」
「へぇ…?」
学校が舞台の恋愛小説か…
なんともタイムリーな本を見つけてしまったものだ。
貞治に見守られながら貸出の手続きをして、2人で2年の階層へ向かう道すがら。
「一つ聞いてもいいかな?」
「うん?」
先程貞治に話した、女テニの部室での話。
"テニス部で付き合うとしたら誰?"と聞かれて困った、という会話を、貞治は思い返すように繋げていく。
「彼女達にそう言われて、誰かの名前をあげた?」
んーん、と首を振った。
「私には勿体ないって。逆に皆はどうなのーって話を逸らした」
「フフ、上手い逸らし方だね」
「データの参考になりました?」
冗談めかしてそう言えば、もう予測済みだよ、となんでもない様な笑みが上から降ってくる。
「答えないだろうとは思っていたけど…一応名前をあげたとしての予測もしていたんだけど、聞きたい?」
「聞きたいような、聞きたくないような…」
確か彼女達が私に質問した時に出た名前は、国光と周助と英二だったよな…
でも今回は部外じゃなくて部内にいる、しかも貞治からの目線だ。
あがる名前によっては色々と、今後の接し方とかにも気をつけられるかもしれない。
もし変な噂なんかが立ったら、迷惑をかけてしまうかもしれないし。
「…ちょっと気にはなる、かも…」
ふむ、と私の顔を覗き込んだ貞治は、すぐに前を向いて小さく笑った。
「内緒」
「はぁ!?」
「俺のデータは、そう簡単には教えられないな」
結局その後、貞治の予想を聞けることはなかった。
だってなんか…わざわざ聞きに行くのもねぇ…?
そういうのを気にしてるんだと思われたらなんか、ねぇ…
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