15
修了式目前のとある日曜日。
相変わらず誰かさんからコート表を持ち帰ることを禁止されていた私は、朝から絶賛暇を持て余していた。
マネージャーをやる前は休みの日って何して過ごしてたっけ…なんて考えてみたけど、勉強以外に思い当たるものは無く、我ながらそんなつまらない生活をよく1年半も続けていたものだ、と苦笑混じりのため息をついた。
ダラダラするのも勿体ないし、庭で壁打ちでもしよう。
動きやすい服に着替え、ラケットバッグとボール缶を持って階段を降りた。
玄関から靴を持ってきて縁側から庭に出れば、前よりも幾分か蕾が膨らんだ大きな桜の木が目に映る。
もうすぐ咲くなぁ。
ここで、皆でお花見が出来たらどんなに楽しいんだろう。
その時の様子を想像すれば、自然と零れていく笑い声。
後で、おじいちゃんとおばあちゃんにちゃんと許可を貰っておこう。
* * *
庭の端に置かれた、組み立て式のリバウンドネットに球を打ち込んでいると、唐突に聞こえた玄関チャイムの音。
朝から客人なんて珍しい、誰だろう。
返ってきた球をいなして様子を伺っていれば、縁側に続く部屋の向こうからおばあちゃんがやってきた。
「名前ちゃん、お客さんよ」
「え?私?」
私の家を知ってるのは国光だけだ。
それにしても連絡無しで家まで来るなんて珍しいな、どうしたんだろう。
「ええ、かっこいい男の子が二人」
ん…?二人…?
もし国光だとしたら、会ったことのあるおばあちゃんは手塚さんとしっかり名前を伝えてくれるはず。
てことは、国光じゃない…?
「うちの部長じゃなくて…?」
「氷帝学園の生徒さんだと言っていたけれど…」
「ん!?」
ポロリとラケットからボールが落ち、地面を数回跳ねて転がった。
氷帝って、だって彼らは私の家なんて知らないはず…
「居ないって言った方が良かったかしら…!」
慌てるおばあちゃんになんだかこっちまで慌てて、大丈夫!友達だと思う!と返し、縁側にラケットを立てかけて急いで玄関へと回った。
庭先を越えて見えた玄関前には、氷帝ジャージを着た男の子が2人…
「侑士!」
身知った片方の名を呼びながら近づけば、2人の視線が同時にこちらを向いた。
「あぁ…ホンマに名前ちゃんの家やったんか…」
「え…?」
私を見た途端頭を抱えた侑士にハテナを飛ばしていれば、もう片方、見知らぬ氷帝ジャージの男の子がスっと前に出た。
どこか自信に満ち溢れた、凄まじく綺麗な顔が私を見下ろしている。
「お前が苗字名前か?」
「そうですけど…」
切れ長の瞳が、まるで見定めるかのように私の頭からつま先までを往復する。
初対面でその上からの視線は、どうにも気分がいいものでは無い。
謎の対抗心で下部から返ってきた視線に視線を合わせ、じっと見つめ(睨み?)合うこと数秒。
フッと口端を上げた彼は、
「氷帝学園テニス部部長、跡部景吾だ」
「!」
バッと侑士の方を見れば、バレてもうてなぁ、と力無い言葉が返ってきた。
「え、それって…皆怒られた…?」
侑士が答えるよりも早く、ハッ、と鼻で笑う声。
「んなことで一々怒る程、俺様の心は狭くねぇよ」
「…え、えっと…?」
「あー、怒られとらんから安心し。心配してくれておおきに」
跡部さんに怒られる、と一番心配していた長太郎が怒られてないなら、まぁ安心ではある。
…が。
「あの、跡部さんはどうしてここに…」
そう聞いた私に、跡部さんはニヒルな笑みを見せ、
「細かいことは気にすんな。黙って着いてこい」
と、いつの間にかうちの門の前に停まっていた、どこから見ても高級そうな黒塗りの車を顎で指した。
え?あれ跡部さん家の車?それとも侑士?
氷帝はお金持ち学校だとは知っていたが、まさかここまでとは…
あんなのテレビでしか見たことない。
「……っていうか!ちょっと待ってください、急すぎて…!」
「5分やる。支度して来い」
「はい!?」
「強引やなぁ…」
「いやほんとにね!?」
おかしいな、私はボケでもないしツッコミでもないと思っていたんだけど。
なんでか流されるままに家に戻ろうとする私の後ろから、ラケットも持って来い、と声が掛かった。
* * *
パタパタと玄関から戻ってきた私に、おばあちゃんが不思議そうな顔を向けた。
「ちょっと出かけてくる…!」
「あら、さっきの子達と?」
「そー!」
5分とは言われたものの、急すぎて頭が着いていかない。
とりあえず部屋に戻って上着を羽織り、スマホを掴み、縁側に放置していたラケットをバッグに入れて、よし!と思ったところでふと我に返った。
なんでこんなに急いでるんだ私は。
謎に流されてしまったけど、そもそもなんであの2人が私の家を知ってるんだ、とか、どこに連れていくつもりなんだ、とか、疑問は尽きないが…
……しょうがない、とりあえず行くか…
侑士もいるんだし大丈夫だろう、きっと。
「ごめんおばあちゃん、庭のやつは帰ってきたら片付けるからそのままにしといて」
靴紐を結びながら言えば、後ろからは、ふふふ、と可愛らしい笑い声が返ってくる。
「また名前ちゃんのお友達に会えて嬉しいわ。いつの間に青学以外の子ともお友達になってたのね」
「まぁ…半分はテニスのおかげかな…」
「ふふ、気をつけて行ってくるのよ」
「はぁい」
あぁそうだ、一応国光にも伝えておいた方がいいかな…
なんかよく分かんないけど跡部さんのこと気にしてたし。
靴紐を結び終え、スマホを開き、突然家に跡部さんと侑士が来たこと、よく分からないけど着いてこいって言われたから行ってくること、何かあったら連絡するから心配するな、と送って、玄関を出た。
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