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跡部さんの謎の笑いが落ち着いた頃、突然私のスマホが無機質な着信の音を立てた。
2人の視線がこちらに注がれる中、なんとなく嫌な予感がしつつもスマホを取り出せば、そこに表示されていた名前はやはり彼のもの。
鳴り続けるスマホをさっと膝の上に伏せた。
どうしよう、出るべきか、切るか…切ったら怒られる、出ても怒られそう。


「出ねぇのか?」
「いや…あの…」
「誰からなん?」
「…うちの、部長です…」


驚く声を上げる侑士とは反対に、跡部さんは小さく笑うと、貸せ、と私からスマホをさらっていく。
私が手を伸ばすよりも早く、画面をちらりと見た跡部さんはすぐにスマホを耳に当てた。
静かな空間に、スマホの向こうから微かに国光の声が聞こえるが、何を言っているのかまでは分からない。


「随分必死じゃねーの、手塚」


低く笑う跡部さんに慌ててスマホを取り返そうかとも思ったが、事を荒げたらそれはそれでややこしいことになりそうだから辞めた。


「あーん?俺様の隣にいるぜ?」


私のいる方にスマホを持ち替えた跡部さんが、ほらよ、とスマホは依然耳に当てたまま、顔を傾け近づいてくる。
ふわり、と、少し甘い花のようないい匂いがした。


「あ、あの、無事ですので…お気になさらず…」
「だとよ。……あぁ?距離?」


距離?
ちらりと私を見下ろした跡部さんは、口端を持ち上げるとまたスマホを反対側の手に持ち替え、空いた手で私の肩をぐっと引き寄せた。


「ぅわぁ!?」


案外力が強い。
跡部!という国光の声が、今度はハッキリと聞こえた。


「両側からでかい声で喋んじゃねぇ。耳が壊れんだろ」


そういう問題じゃないと思うんですけど。
助けを求めるように侑士の方を振り返っても、侑士は片眉を上げて困ったように両手を上げた。
頼むからここに亮もいて欲しかったです本当に。


「別にコイツをどうこうする気はねぇよ。ただ、今日は借りてくぜ」


貸した覚えはないんですけどね。
半分連れ去られてるようなもんですからね。


「言っておくが、コイツに関しては全部知ってる。無茶させる気もねぇ。用が済んだらちゃんと家まで送り届けるから安心しろ」


少しの沈黙の後、跡部さんが私を解放するのと共にスマホを差し出してきた。
画面はまだ通話中のままだ。


「お前に代われだとよ」
「………」


正直そのまま切ってくれとも思ったが、仕方なくスマホを耳に当てた。


「もしもし…」
「"跡部に何かされてないか?"」
「…?大丈夫だよ、それに侑…忍足くんも一緒にいるし」
「"どこに何をしに行くんだ"」
「氷帝だって。ラケット持って来いって言われたから多分テニスだとは思うけど…」
「"…サポーターは"」
「いや…急だったんで…」


小さなため息のような音が聞こえた。
まぁそうだよね、やめろって言われるだろうねこれは…


「"とりあえず、家に帰ったら連絡しろ。それから、もう一度跡部に代わってくれ"」


あれ、と思った。
止められるかと思ったが、意外にも制止の言葉は出てこない。


「止めないの?」
「"今更止めたところで、お前は素直に家に帰るのか?帰るなら、止めるが"」
「……いや」


正直打ちたい。
氷帝の部長である跡部さんがどれほどの強さなのか、身をもって知りたい。
…って私が思っていることを、きっと国光も分かってるんだろうな…


「"無茶なことだけはするな"」
「分かってます!」


じゃあ跡部さんに代わるね、とスマホをまた跡部さんへ渡せば、不思議そうな顔をされた。


「代わってくれって」


スマホを受け取った跡部さんが受け身な返答をいくつかしたところで、漸く画面がオフになったスマホが返ってきた。
一応、とスマホをマナーモードに設定してラケットバッグの内ポケットに突っ込んでいるうちに、跡部さんは自身のスマホでどこかに電話をかけていたようで、


「膝用のサポーターをいくつか用意しておけ。…俺じゃねぇ、女性用だ」


それだけ言って、スマホをポケットへとしまった。


「サポーターって…」
「他にも必要なものがあればすぐに言え。用意する」
「え、」


くつくつと笑う声に振り向けば、先程まで我関せずといった雰囲気を纏っていた侑士が面白そうに笑っていて。


「あの手塚がなぁ…聞いてる限り、まるで保護者やな」
「それは否めない」
「もしかして名前ちゃん、あん時の電話も手塚やったん?」


あん時、というのは私と氷帝メンバー4人が初めて会ったあの日のことだろう。


「よく覚えてたね…そうだよ…」
「ほう?その話、俺様にも聞かせろ」
「えっ」
「いや実はな…」


私ですら早く帰れと言われたこと以外そんなに覚えていないのに、よくまぁ他人の会話を覚えているものだ。
侑士の話を聞いた跡部さんは、フン、と鼻で笑った。


「随分と愛されてんじゃねーか」
「愛っ…いや、なんか子供扱いされてる感じがしてならないんですけど…」


ただでさえ国光は大人っぽいしね…
私が自分を子供っぽいと思ったことはあまりないけど、大人っぽい訳でもないし…
まぁ精神年齢は国光の方が遥かに高いような気はする。


「あの手塚が、ねぇ」


窓の外に視線を投げながら、侑士と同じことを跡部さんが言う。
正直私もあの国光がここまで人を心配するような人だとは思っていなかったけど、それももう慣れてしまって、今ではそれも含めて国光だという認識がある。
意外と心配性なんですよ、あの人は。


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