18
「にしても、あの時は堪忍な。名前ちゃんの膝のこと知らんとテニスさせてもうて」
サポーター付けてへんかったやろ、と侑士が心配そうな表情を向けてくれた。
「んーん、ほとんど岳人が打ってくれたし、大丈夫だよ」
「あの後痛まんかった?」
「うん。全く問題無し」
「なら、良かったわ」
ほっとした様子の侑士に笑みを向けていると、ふいに肩に重みが乗った。
先程のように引き寄せはしないものの、私の肩に回された腕は跡部さんのもの。
どうかしたのかと彼を見れば、私の顔を見た跡部さんは、フン、と満足そう?面白そう?に鼻を鳴らした。
人の顔を見て鼻で笑うとか、やっぱり失礼じゃないですかこの人。
いい匂いなのが、なんか余計に腹が立ってきそうだ。
「俺様に肩を組まれて顔色を変えねぇ女は、こっちじゃお前が初めてだ」
「ごめん侑士翻訳して」
「すまんな、無理や」
「翻訳不可能だそうです跡部さん」
「くっ、くく…」
押し殺すような笑い声を上げる跡部さんは、何をどう考えてもマジで謎である。
「ていうか跡部さん、いい匂いしますよね。香水ですか?」
「…あぁ?今日はつけてねぇが…」
「えっ、じゃあこれ素の匂いですか?ほんとに人間ですか…?」
「何言ってんだお前……普通にトリートメントとヘアオイルの匂いだろ」
中学男子がヘアオイル…だと…
うそ、と跡部さんの髪に顔を寄せれば、ぴくりと彼の体に力が入った。
「ほんとだ…めっちゃいい匂いですね。…あ、すいません勝手に」
「…お前、…おい忍足」
「いや…俺も驚いとるんやけど…」
「あっ、いや、本当にすみません初対面なのに…!」
初対面で髪の匂いを嗅ぐとかそれこそ失礼でした本当にすみません。
二人の間で縮こまっていれば、侑士が苦笑混じりに、手塚が名前ちゃんを心配する気持ちがなんとなく分かったわ、と呟いた。
「…で?お前はいつまで遠慮してるつもりだ?」
「はい…?」
「忍足に話してるように、普通に話せばいいだろーが」
「あ、跡部さんがいいなら…」
「景吾」
「…うん?もう敬語は使わないけど…」
ちげぇよ阿呆、と頭に手が乗せられ、上げていた頭がかくりと落とされた。
「景吾、だ。俺様の名前くらいしっかり覚えておけ、名前」
くくくと侑士が可笑しそうに笑う。
けいご、あ、敬語じゃなくて景吾か…
「し、失礼しました…景吾ね、了解」
* * *
その流れ(?)で私のスマホの連絡先に跡部景吾という名前が追加され、それからすぐに車が大きな門の前で止まった。
窓から覗き見るそこは学校のようで、恐らくここが氷帝学園なのだろう。
青学も広くて大きいけど、氷帝はそれにオシャレさがプラスされたような感じだ。
流石、お金持ち学校。
広いドアから侑士が先に降り、景吾が降り、それに続くようにすればスっと目の前に差し出される手。
何事?と手を辿れば当然のようにこちらを見下ろす景吾がいる。
「早く手を出せ」
「えっ、あ、はい」
エスコートというやつなんだろうか。
お金持ちって次元が違うね…
差し出された手に自分の手を重ねても、そこからどうしていいか分からず、なるべく景吾の負担にならないように車を降りればまた鼻で笑われた。
「案外こういうのには慣れてねぇみてーだな」
慣れるか。
無縁ですけども。
それからすぐに別の黒塗りの車が到着し、キッチリと黒服を着こなしたダンディな男性が何やらアタッシュケースを持って降りてくる。
気づいた景吾が男性へ視線を送り、私達から少し離れるようにそちらへ向かっていった。
「選りすぐりの物を御用意致しました。如何でしょうか、景吾様」
男性は景吾の目の前でアタッシュケースを抱え、パカリとそれを開く。
景吾の影になっていて何が入っているのかまではよく見えないが、聞こえた会話に思わず、ん?と眉が寄った。
「景吾様って…氷帝って皆こんな感じなの…?」
こっそりと侑士に聞けば、名前ちゃん知らへんの?と驚いたような顔をされた。
「流石に跡部財閥は知っとるやろ?アイツは、そこの御曹司っちゅーやつや」
ぽかん、と口が開く。
跡部財閥といえば、国内のみならず海外でも有名な超大企業だ。
まさか、景吾があの跡部財閥の御曹司、ですと…?
「氷帝は金持ち学校なんて言われとるけど、跡部から比べたら庶民も庶民みたいなもんやで。アイツだけ次元がおかしいだけや」
そろりと景吾を見れば、アタッシュケースを受け取った彼がつかつかとこちらに近づいてくる。
超大企業のアタッシュケース、なにそれ、めちゃくちゃ恐怖でしかないんですが。
思わず侑士の後ろに隠れれば、あぁ?と訝しそうに景吾が眉を寄せた。
っていうか景吾って何様だよって感じですよね、景吾様、いや、跡部様ですよね。
そもそもそんな凄い人に許可も取らず髪の匂いを嗅いでしまったんですよ私は。
失礼極まりないですよねもう本当にごめんなさいだから睨まないでください。
「本当に申し訳ありません度重なる無礼を謝罪致します…!」
「…おい忍足、コイツに何言いやがった」
相も変わらずこちらを睨みつける彼に、侑士は私を背に隠したまま面白そうに低く笑った。
back