19


侑士の簡単な説明の後、半ば強引に私を引っ張り出した景吾は、今更態度を変えんじゃねーよ気持ち悪ぃ、と心底嫌そうな目を向けた。
俺様がいいっつってんだろ、という有難い(?)お言葉も頂き、彼が超大企業の御曹司だということは記憶の奥底の方へと押し込めた。


「好きなのを選べ」


身構える私の前でパカリと開かれたアタッシュケースには、様々な膝用のサポーターが並んでいる。
ご丁寧にもサポーターの前にはメーカーの札も置いてくれてあって、そこには普段から私が使っているメーカーの物もあった。
が、そのサポーター自体は見たこともないし、他のサポーターもパッと見作りが相当なお値段がしそうな物ばかりで…


『い、いくらでしょう…』
「俺様が知るかよ」
『いやっ…私今そんなにお金もってきてないよ…!』


慌てて両手を振れば、景吾は呆れたように私を見下ろした。


「金なんか取らねぇよ。なんなら全部お前にやる」
『うん!?』


ホンマにそうならんうちにはよ選んだ方が身のためやで、という侑士の助言に、急いで愛用メーカーのサポーターを手に取った。



* * *



景吾と侑士の案内の元、誰もいない氷帝学園の敷地内を歩いて行けば、やがてテニスコートを囲む壁のようなものが見えてくる。
端に見える階段状の観客席もついているそこは、まるで大会で使われそうな設備だ。
そこから聞こえてくるのは、聞き慣れた打球音。
氷帝は日曜日に部活があるのだろうか。
部活があるなら、尚更私がいていいものなのか今更ながらに身が引けてしまう。


『あの、氷帝のテニス部って日曜日に部活があるの?』


そう聞けば、侑士からは否定の言葉が返ってきた。


「普段はないんやけど、今日はほぼレギュラーだけ集まっとるんよ」
『え、てことは…!』
「せや。岳人に宍戸、鳳もおるで」
『ほんと!!』


侑士が言うには、あと4人私が会ったことの無い部員がいるそう。
知らない人がいるのは少し不安ではあるが、またあの3人に会えるのは素直に嬉しい。


「それから、先に言うとくわ。俺が名前ちゃんについて色々知っとるのと同じように、岳人達も名前ちゃんについて色々知ってもうてるんよ」


長太郎から話を聞いた景吾がなんやかんやして私について色々調べた後、それらを今日集まるメンバーにだけ共有したらしい。
ただ、私が隠していた故障の大元となったあの事件については、知っているのは景吾と侑士だけのようだ。
それでも、私が知っている岳人達ならまだしも、知らない残り4人に一方的に知られているのはなんともムズムズする。


「こっちだ」


テニスコートに直行かと思えば、入口のような所を通り越し、連れられた先は恐らく部室。
恐らく、というのは豪華というか綺麗というか設備が凄いというか、とにかくここが部室だと認めたくないような気がしたからだ。
めっちゃいい匂いするし…
しかもなにこのプロジェクター用スクリーン…ここは視聴覚室ですか…?


『すっご…これ部室…?』
「普通だろ」


どこがだ。
すたすたと歩いていく景吾は、レギュラー室と書かれたプレートが掲げられたドアを開け、私に入るように促した。
レギュラー室……いや、もう突っ込むのはやめよう。


「サポーターつけて来い。俺達はここにいる」
『は、はい…』


ぱたりとドアが閉められた。
てかいいのか、部外者をこんな大事な部屋で一人にさせて。
まあ別に何をする気もないけども…
早くしろとか遅いとか言われる前になる早でサポーターを着け、内側からドアをノックした。


「着け心地はどうだ?」
『凄いねこれ…値段次第では次からこれ買おうと思った』
「気に入ったんならいい」


私の返事に満足そうに口元を上げた景吾は、行くぞ、と部室を出ていく。
向かうは、ついにテニスコート。
二人の後に続いて階段を上り……あぁ…よく分かんないけどめちゃくちゃ緊張してきた…


「あ!跡部部長!忍足さん!」


聞こえた声は、たぶん長太郎。
その声で皆がこちらに気づいたのか、ざわりと複数人の声が広がっていく。


「おい跡部!招集しといておせーんじゃねぇか?」


あー、亮の声だ、癒しだ。
私が2人の後ろからひょこりと顔を出すのと、岳人が話し出すのはほぼ同時で、


「侑士も、なーにしてたん、だ……はぁ!?」


岳人の驚きは周りにも伝播していき、名前(さん)!?と数人の声が重なった。
恐らく絶賛打ち合い中だったコートを飛び出し、ばたばたと岳人がこちらに近づいて来る。
すぐ後から亮と長太郎もそれに続いた。


「お、おまっ、何でここにいんだよ!?」
「俺様が連れてきたからに決まってんだろ」


なぁ、名前、と自信満々な笑みがこちらを振り返り、あ、はい、と微妙な返事を返した。
岳人達の驚き具合に満足したのだろう景吾は、私の微妙な返事を全く気にする様子もなく、してやったりな笑みを浮かべている。


「連れてきた、って跡部お前……どうせ無理矢理連れてきたんだろ…」
「あぁ?半分はこいつの意思だ」
『……まぁ、間違っちゃいない気はする』


お久しぶりです名前さん、と朗らかな長太郎に癒されながら久しぶり〜と返していれば、遅れて近づいてくるのは見知らぬ3人。
あれ、4人いるって言ってなかったっけ…あと1人は?


「…ジローはどうした」
「決まってんだろ、寝てる」


くいっと亮が親指で指すのは、コートを囲むように配置された観戦ベンチ。
そこには確かに、ベンチに仰向けになって寝転んでいる人がいる。
なるほど、あの子がよく寝てるという噂のジローくんか。


「ちゃんと来とるだけマシやな…」


え、そんなレベルなのあの子…大丈夫…?


back