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普段あまり聞き慣れない気がする打球音に、ゆるゆると瞼が上がっていく。
あれぇ…俺なんでここにいるんだC〜……あぁ、なんか跡部から集まれって言われて…樺ちゃんに連れてこられたんだっけぇ…
んん…まだ眠いなぁ……今誰が打ってんだろ〜…
ぼんやりとした視界のままちらりと視線を投げたコートでは、どうやらダブルスの試合が行われているようだ。
忍足と岳人の安定のペアと、その反対には鳳、と……


「ん、……んん…?」


もう一眠りしようと暗くなり始めた視界は、再度、少し重たげに光を取り込んでいく。
見知らぬ人がコートにいた。
誰…?……女の子…?なんでここに女の子がいるの?めっずらC〜。
まぁ、いっかぁ。
そう思って瞼を閉じかけた時、ネット際にいた女の子が岳人のボレーをダイレクトに返した。
打球は着地前の岳人の足元に落ちるが、体を捻った岳人がバウンド後の軌道上にラケットを伸ばす。
いいトコに返したけど、あれくらい岳人なら取れちゃうよね〜。

だけど。


「!!」


両目がぱっちりと開いた。
コートに落ちたボールは跳ねることなく、その場で高速回転を繰り返し、やがて止まったのだ。
岳人も驚いたのか、着地に失敗してどさりとコートに尻もちを着いた。
むくむくと心が高揚していく。
……す、


「すっげぇ〜〜〜!!!なになに今の!!!」


思わず飛び起きて叫んだ俺の声に、皆が一斉にこちらを振り返った。



* * *



突然聞こえた明るい大きな声に驚いて見上げれば、先程まで寝ていたはずのジローくんがいつの間にか起き上がってこちらを見つめていた。
興奮した様子できらきらと輝く目を向けられぽかんとしていれば、やーっと起きやがった、とコートに座り込んだままの岳人が言う。


「おいジロー!起きたんならお前もこっちに来い!」
「今行く〜〜!!」


亮の呼びかけに元気よく返事をしたジローくんは、大股でベンチ横の階段を駆け下り、そのまま一直線にこちらへ向かってくる。
ってか、え、コート内に一直線?え?サイドベンチじゃなくて?


「おいジロー、試合中」
「ねぇねぇキミ誰!?さっきのどうやったの!?もう一回見せて〜!!」
「聞いちゃいねぇよ、ったく…」


岳人の言葉を遮り、ネット越しに身を乗り出したジローくんが捲し立て、思わずぱちぱちと数回瞬きをした。


「…樺地」
「ウス」
「のわぁ!?」


樺地くんによって持ち上げられ、まるで子猫のようにベンチまで運ばれていくジローくん。
なんというか、言葉が出ない。


「試合中だ。後で紹介してやるから大人しくしてろ」
「うんうん!分かった〜!」


き、聞き分けは良いんですね…?


「30-15からだ。位置につけ」


平然としたままの彼らに引っ張られるようにサービスラインを跨いだものの、出鼻をくじかれたような気分である。


「だ、大丈夫ですか?名前さん」
「えーと…たぶん……」


後方からの声に苦笑と共に返した。
長太郎がサーブで良かった…動揺のままよく分からない打ち方になるところだった。


「行きます!一球入…魂!」


サイドベンチに増えたきらきらとした視線を感じつつ、長太郎の掛け声に思考回路を修正した。
長太郎のサーブはその身長を生かしたとんでもスピードのサーブだ。
やや安定性に欠けるが、ファーストサーブが入れば並大抵のプレイヤーは返すことが出来ないだろう。


「フォルト」


…入れば、ね。


「すっ、すみません…!」
「んふふ。大丈夫大丈夫、伸び伸びやろ!」
「はい…!」


長太郎のセカンドサーブを侑士が返す。
とりあえず現状の注意対象は、私と同じように前衛にいる岳人だ。
何度か侑士と長太郎のラリーが続き、互いに仕掛ける時をじっと見極める。
先に動いたのは岳人だった。
合わせるように動けば、きゅっと岳人の目が引き締まる。


「さっきみてーにはいかねぇぜっ!」


大きく跳ねた岳人が宙で体を捻り、逆サイドへと鋭い球を打った。
ギリ届くか、いや、膝を使えば…


「名前さん!」
「!」


そうだ、これはダブルスだ。


「お願い!」


頼もしい返事をしてくれた長太郎に球を委ね、そのまま後ろに下がった。
私と前後を入れ替わるようにして、長太郎が岳人の球を侑士へと返した。


「へぇ、よう取ったな」


トップスピンがかかった深いロブが返ってくる。
同時に侑士も前へと出た。
ダブルポーチか…
この球をバウンド後に打ったとしたら、恐らくどちらかに取られてしまう。
そもそもバウンド後の弾道に届くか、追いつくかも分からない。
ならば、その回転が死ぬ前に。

左足で地面を踏みしめ、膝を深く曲げた。
バックハンドに構えたラケットをほぼ水平に傾け、曲げた膝のバネを使ってすくい上げるように押し出す。
斜め前にいる長太郎を超え、打ち出した球がふわりと浮いた。


「ダイレクトかよ…!でも、アウトだろ!」


球を目で追う岳人がにやりと笑うが、


「っアカン岳人!後ろや!」
「なっ!?」


途中から弧を描いた球は岳人の後方のアレーゾーンへと落ち、低く壁へとぶつかった。
こんなところで日々の薫との打ち合いが生きるとは思ってもいなかった…ありがとう薫…


「15-40!」


しかし危なかったな…シングルスだったらアウトだった。


「ま、マジかよ…」
「俺のトップスピンが、上手いこと使われてもうたなぁ」
「凄いです名前さん!」
「長太郎が拾ってくれたおかげだよ。ありがとう」
「い、いえっ…!」


すげーすげーと聞こえてくるベンチの声を無理やり耳から追い出し、またサービスラインを跨いだ。
続いた次のゲームは見事に長太郎のファーストサーブが決まり、


「ゲーム 苗字、鳳 1-1」


最初のゲームは競ったものの侑士と岳人のコンビネーションに上手いこと惑わされ落としてしまったが、これでセットカウント1-1の引き分けで終了。
まだまだ続けたい気持ちを抑え、ネット越しに握手を交わした。


「っあ〜くそっ!次は勝つからな!」
「ふふ、ありがとう。楽しかったよ」
「ホンマ上手いなぁ名前ちゃん。鳳も、いつもよりええサーブやったで」
「ほんとですか!?ありがとうございます…!」


名前さんのお陰ですね、と長太郎がにっこり微笑んでくれて、一気に疲れが吹っ飛んだ。


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