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「あれ?もう終わっちゃったの?」
「2ゲームだけの試合なんだ」
「えぇ〜!?もっと見たかったC〜」
ベンチに戻った私を真っ先に迎えてくれたのはやっぱりジローくんだった。
さっきの凄かった!とか、どうやったの!とか、興奮している様子の彼へ、主審台から降りてきた景吾が名前くらい名乗れと呆れたような目を向ければ、そっかぁ!とこれまた明るい声。
「俺、芥川慈郎!キミは!?なんて名前!?」
「苗字名前。芥川くん、かな?」
「名前ちゃんね!ジローでいいよ〜!」
にこにこと嬉しそうにしているジロー…くん。
最初に抱いていた印象とは違い、なんだか人懐っこくてふわふわしたわんちゃんのようだ。
うん、ジローよりジローくんの方がしっくりくる。
不思議と彼には敬語が出ることなくすんなりと話せているのは、彼のこの朗らかな太陽みたいな雰囲気のお陰だろうか。
「ねぇねぇ!俺とも試合しよーっぐえ」
「うぉ…」
ぐっと身を乗り出したジローくんを、亮が彼の襟元を掴んで引き戻した。
今ぐえって言ったけど大丈夫ですか。
「お前なぁ、この前の跡部の話聞いてたか?」
「んん?話って何〜?」
はぁ、と亮がため息をつく。
ここまで見ていた感じ、亮が氷帝の母親役といったところだろうか。
どこにもいるんだね、母親っていうか、苦労人…
「"傀儡師"の話だよ。お前も珍しく起きて聞いてただろーが」
ぴくりとジローくんの背筋が伸びた。
「もしかして名前ちゃんがその"傀儡師"!?マジ!?」
襟元を掴まれたまま拳を握りしめて目を輝かせるジローくんは、正直言ってシュールな光景である。
「マジ、です。でももう昔の」
「すっげぇ〜!!ねね、アレ見たい!こう、球を…」
私の言葉を遮る彼の口からは、当時私が使っていた決め球だと思われる説明が擬音語と共にぽんぽんと飛び出していく。
なんでそんなに知って……
「…映像見たの?」
「あー…ここにいるヤツ全員な…」
「マジですか…」
* * *
それから私は程よく休憩を挟みつつ、数回ダブルスの打ち合いをさせてもらった。
中でも萩くんと組んだ試合は、お互いの相手を惑わせるプレイスタイルが思った以上に相性が良く、ジローくん日吉くんペアの隙を上手く付けた試合となった。
日吉くんは悔しそうにしていたけど、ジローくんはやはり終始楽しそうににこにこはしゃいでいて反応に困った。
いや、楽しそうにしてくれるのは嬉しいんだけどね…?
ここ最近で、一日にこんなに沢山打ち合いをしたのは初めてかもしれない。
普段の部活ではほとんどシングルスしかやってこなかったし、一日多くても二試合(もちろん2ゲーム)だったから、素直に嬉しいものである。
もうお昼も回ったし、時間と足の調子を考えて私が出来るのもあと1、2回かなぁと思っていれば、ベンチに座る私の目の前に景吾が立ち塞がった。
見下ろす彼の目に、ぞくりと緊張感が生まれる。
対等な挑戦者の目だ。
「エスコートは必要か?」
「…ふふ、ずっと黙ってたから私からいった方がいいのかと思ってた」
「フッ、言うじゃねーの」
ラケットを片手に立ち上がる私に、おい!と慌てたように声を掛けたのはやっぱり亮で。
「まさか、跡部とシングルスやるってんじゃねーだろうな…!」
「私はそのつもりだけど」
ちらりと景吾を見れば、当たり前だろ、とニヒルな笑みが返ってくる。
一部ざわりと揺れるベンチ周りに大丈夫だよと告げ、先にコートへと入った。
「忍足」
「はいはい…」
侑士が主審台へと上り、景吾も対面のコートへ入ってくる。
その途中、彼は未だ不安に揺れるベンチをちらりと振り返った。
「よく見ておけ。"傀儡師"の実力をな」
ハードルを上げないでください。
「遠慮はしねぇ、先に言っとくぜ。それから、痛んだら言え。すぐに中止する」
「はぁい」
「それまでは楽しませて貰うぜ」
「…こちらこそ」
握手を交わし、リターン位置についた。
侑士のコールで、景吾がトスを上げる。
国光との打ち合いの時にも感じた、周りがしんと静まり返るような感覚に自然と体が震える。
武者震い、か。
「はぁっ!」
……速いな。
重さもある。
「15-0」
「おいおい、打ち返さねぇと試合になんねーぜ」
ラケットを肩に乗せた景吾がにやりと笑う。
「心配しなくても。…I won't let you do it again.(もう抜かせないから)」
続いたサーブを今度はしっかり打ち返した。
* * *
名前ちゃんと跡部のラリーが続く。
跡部が持久戦を得意としていることを名前ちゃんは知らない。
名前ちゃんの実力を見たいと思っているとはいえ、プライドの塊であるアイツがそう易々とチャンスボールを与えるとも思えへん。
流石の俺でも心配なんやけど、名前ちゃんは大丈夫なんやろか…
……しっかし、
「おらよ!これくらい取れんだろ!」
「油断大敵って言葉知ってる?」
「!」
「30-30」
「…ハッ、やるじゃねーの」
ホンマ、楽しそうにしとるなぁ、跡部の奴。
名前ちゃんも名前ちゃんで、伊達に"傀儡師"と呼ばれていない見事なボール捌きについコールを忘れてしまいそうになる。
スッゲー!今の見た!?と、微動だにしない樺地にまとわりつくジローを無理やり視界から追い出した。
「そろそろテメェの弱点、ぶち抜いてやるぜ」
ボールを構えた跡部に、名前ちゃんが眉を寄せた。
跡部のサーブを難なく返した名前ちゃんは、跡部が何か仕掛けてくるであろうことは気づいているようだ。
真っ直ぐ跡部を見据え、跡部がラケットを振るのと同時に名前ちゃんの体がピクリと僅かに動いた。
「40-30」
苦々しい表情でちらりと振り返った名前ちゃんの目線の先で、ボールがころりと転がった。
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