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思いもよらないその光景に思わず目を見開いた。
"天才ジュニアテニスプレイヤー 事故で膝を故障"
その文字の横に書いてあった、やけに目を引くとある三文字の漢字を思い出す。
「……傀儡師…」
思わず出た俺の言葉に反応したのは、隣にいた不二だった。
「クグツシ?」
「…いや、なんでもない」
"彼女は本来であれば、マネージャーにしとくのも勿体ない程の腕の持ち主なんだよ"
あの時の竜崎先生の言葉は、本当だった。
この短時間のラリーを見ているだけで分かる。
彼女は上手い。
それと同時に、彼女の身に起きた例の事件を呪った。
「傀儡師……簡単に言えば、操り人形師かな。黒幕や策士という意味も持つ」
不二の言葉を、いつものノートを片手に持った乾が拾う。
「そう言えば、数年前に海外でそう呼ばれていた日本の天才ジュニアテニスプレイヤーがいたような」
「数年前?今は?」
ぴくりと眉を動かした俺に気付くことなく、河村が話を広げていく。
「過去に少しだけ彼女の記事を見ただけだから、それ以上のことは知らないな」
「彼女…ってことは、その傀儡師さんは女の子なの?」
「確かそうだったハズ…名前は、何だったかな……ただ、俺たちとそう変わらない年齢だということは間違いない」
乾が、苗字が海外で活躍していた頃の記事を読んでいたことは予想外だった。
余計なことを言ってしまったのではないかと内心ヒヤヒヤする。
「それにしても、名前ちゃん…あんなにテニスが上手だったなんて…」
ぽつりと零された大石の言葉に、チラリと苗字を見た。
菊丸を前に出させず、翻弄させながらラリーを続ける彼女の顔は、それはもう楽しそうに輝いている。
上手なんてものではない。
恐らく彼女は、惜しいほどの才能の持ち主だ。
* * *
「あっ!?」
「残念、また逆でしたっ」
「うぅ〜っ…」
自分が思っている方向に飛んで来ないボールに、英二は悔しそうにラケットを握りしめた。
「名前のウソツキー!めちゃめちゃテニス上手いじゃんかぁ!」
「えぇ?嘘はついてないよ。どうだろうね〜って言っただけじゃん」
「むむむ〜っ、次は返すもんねーだ!」
べーっ、と舌を出す英二に思わず笑みが零れる。
…あぁ、楽しいなぁ。
数年のブランクはあったけど、案外体が覚えてくれていたようで安心した。
ゲームカウントは1-0で私が一歩リード。
次は英二のサーブだ。
「ふっ!!」
サーブと同時に英二がネットへと詰め寄ってくる。
彼の得意プレイスでもあるし、私の球はほぼバウンド後が勝負だからまず妥当な判断だろう。
力が込められた重いサーブを、英二の背を越すように高いロブで返した。
「っ負けない…!」
「!」
ギリギリ届かないであろうと思っていたその球は、彼の根性か執念か、ギリギリラケットの縁に当たって私のコートへ返ってくる。
前に出なきゃ、と足を踏み出したところでツキリと右膝に小さな痛みが走り、足が止まった。
「っ…」
ぽん、ぽんぽん…と私のコートのネット際で小さくボールが跳ねる。
「へっへーん!どうだ!」
満面の笑みでこちらを見る英二に悟られないように、咄嗟に笑顔を貼り付けた。
「凄い英二!今まで届いてなかったとこ、届いたじゃん!」
あまりにも楽しくて忘れていた。
私はもう、前のように自由には動けないんだ。
「よっしゃー!このままサービスゲームキープだ!」
ぴょんぴょんと嬉しそうにサーブ位置へと戻っていく英二。
その後ろ姿に、自然とラケットを持つ手に力が入った。
「ほいっ!」
またしても英二はサーブと同時に前に出た。
外側への、深い嫌な球だ。
これを普通に打ったのでは間違いなく英二は届いてしまう。
それならば、とギリギリまでボールを引き寄せた。
英二がフォアサイドへと動く。
この打点からはストレートにしか打てないだろうと予想したのだろう。
「…甘いよ」
右足で地面を強く踏み締めるのと同時に膝にズキリと痛みが走るが、無視して全身を使ってラケットを振り抜いた。
「ぅえっ!?」
がら空きになったクロスサイドにボールが深く沈む。
「そ、そんなことも出来んの…?」
「ふふ、これも英二の課題だね」
「うぐぐ…」
3回目の英二のサーブ。
今回はフォアサイドで取れるだろうから、そこまで右膝を気にすることも無い。
懲りずに英二は前に出る、が、今度はネット際ではなく少し後ろで止まった。
「なるほど」
真横に動くより斜め前に動き出す方が楽だし、対処出来る幅も広くなる。
それならいっそのこと、と英二の足元へ落ちるようにトップスピンをかけた球を返した。
「ほっ!」
流石は英二。
その身軽さを活かしてぴょんと小さく飛び、跳ね際をしっかりと面に当て、浅く鋭い球に変えて打ち返してくる。
走り出した私の右膝にツキツキと痛みが連続する。
踏み込んだ左足に力を入れ右膝を緩く曲げた時、一瞬、刺すような痛みと共にかくりと力が抜けた。
先程のバックショットの踏み込みがいけなかったのかもしれない。
「っ…!」
一瞬でも意識を膝に奪われたことで振り抜きがズレてしまった。
ストレートに返そうと思っていた私の球はクロスにいた英二の方へふらふらと飛んでいき、彼の得意なアクロバティックな動きによって呆気なくコートへと叩き込まれた。
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