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反応出来なかった。
いや、頭では反応していたのに、体がついて来なかった。
…なるほどなぁ、嬉しいような、悔しいような。
「正々堂々な球、どうも」
「…感謝されるとは思ってなかったがな」
「いや、相手を見極めたいい球だね」
「ハッ、そりゃどうも」
相手の弱点をつく攻撃スタイル、かぁ。
ラリーの感触からして景吾は持久戦タイプかと思っていたけど、これは更にも増して厄介だ。
どういう事だよ、と、岳人の戸惑う声がベンチから聞こえた。
「言葉の通り、名前ちゃんの弱点を狙ったんや」
「弱点…?あいつに弱点なんて…」
私の弱点、といったら間違いなくこの右膝だ。
景吾が先程打った球は、初動を右膝に負荷をかけなければ追いつかないコースを的確に射抜いていた。
長年の蓄積で自然とセーブしてしまうようになっていた私の身体をよく観察した末に打ち込まれた、敵ながらに見事な一球だった。
同じような説明を侑士から受けた岳人が、はぁ!?と声を荒げた。
「弱点って膝のことかよ!?そんなんズリィ、あ、いや…ずるい…のか…?」
うううん、と頭を抱えて複雑そうに唸る岳人。
拾った球をラケットで軽く弾けば、ぽこりと岳人の頭にボールが当たって景吾の方へと跳ねた。
「ってぇ!?何すんだよ名前!!」
「んふふ。私としては嬉しいからいいの」
「う、嬉しい…?」
考えてみてよ。
もし岳人が足を怪我したとして、高いジャンプが出来なくなった。
それでもテニスがしたくてコートに立った岳人に、怪我をしてるからっていう理由で低い球ばかりが飛んできたら。
「ムカつかない?」
「……すっげームカつく」
そういう事だよ、と笑えば、難しそうな顔をしながらも納得してくれたようだ。
「解説は終わったか?」
「お待たせしました」
改めて景吾と向き合えば、挑戦的な楽しそうな視線が真っ直ぐこちらに向かってくる。
「次も決めさせてもらうぜ」
「やってみなきゃ分からないよ」
次はどう来るだろうか。
もしまた右膝の死角をついてくるのだとしたら、…完璧では無いけれど、アレを…
景吾のサーブを返し、リターンが普通に返され、普通のラリーが続く。
なるべく膝を消耗させる気なのだろう。
そっちがその気なら、乗ってやる。
生憎と、"惑わす"ことは大得意だ。
「…っ、」
「テメェの弱点丸見えだぜ!取れるもんなら取ってみな!」
右足の動きが鈍った瞬間を狙って、また景吾が的確なコースを読んだ球を打ち出してきた。
…かかったな。
「…just kidding.(なんちゃって)」
「!な、」
「「「!!!」」」
懐かしいオーラが、体を、私の左足を包んでいく。
凝縮させたパワーで、コートを強く蹴った。
* * *
的確に弱点を狙ったはずの跡部の球が、名前ちゃんによって返された。
「なになに!?ねぇねぇ!!アレ何〜!?」
「俺が知るかよ…!?ひっぱんなって!」
「な、何だよ、あれ…」
「というか名前さん、なんて言ったんでしょう…?」
続くラリーも、騒がしくなる眼下なんてどうでも良くなるくらい、俺の目は力強くも素早くコートを蹴る名前ちゃんの左足から離れない。
あれ、は…
「百錬自得…っちゅーやつ、か…?」
"無我の境地"のそのまた奥に静かに眠る、三つの扉のうちの一つ。
まさか、こんな所でお目にかかれるとは思ってもいなかった。
「ひゃく…?おい侑士、今なんて…?」
「"百錬自得の極み"…とんでもないもん持っとったわ、あの子…」
跡部の高笑いに、俺の視線は名前ちゃんから跡部へと映った。
「そんなもんまで隠し持ってたとはな…驚いたぜ」
「未完成だから、あまり使いたくなかったんだけどね」
まだ、死角はある?
にやりと名前ちゃんが挑戦的に笑った。
跡部もやけど、名前ちゃんも大概やな…
プライドに関しては案外似たもの同士なのかもしれへんわ。
「おもしれぇじゃねーの!」
足元への低い球を名前ちゃんがロブで返した。
ベースラインへ向かって弧を描く球を見上げ、跡部が口端を上げる。
あぁもう…女の子にも容赦あらへんのかい…
ベースライン付近から打ち出されたスマッシュが狙うのは、ラケットを握る名前ちゃんの手首。
「!」
素早く反応した名前ちゃんが咄嗟に手首を捻った。
「っ、…っあ…!」
幸い球は手首ではなくグリップへと当たったものの、名前ちゃんの手から離れたラケットが宙を舞っていく。
名前ちゃんが跡部へ視線を戻す頃にはもう、反動で返ってきた球を見据えた跡部がラケットを振り上げ高く飛んでいて。
「破滅への…輪舞曲!!」
力強いスマッシュが、名前ちゃんの足元へと炸裂した。
「…ゲーム跡部 1-0」
暫く黙ってバウンド箇所を見つめていた名前ちゃんは、ふー、とため息のようなものを零して体の力を抜いた。
それと同時に左足のオーラもゆらりと消えていく。
「ほんとに容赦ないな…大事な相棒吹っ飛ばして…」
「あーん?手加減が必要だったか?」
「いいえ、全く!」
後方に落ちていたラケットと球を拾い上げた名前ちゃん、そしてその対面にいた跡部がベンチへと戻ってきた。
一人はしゃぐジローを他所に、他の奴らは興奮と驚きを通り越してもはや無言で名前ちゃんを見つめている。
「でも、体狙うのはどうかと思いますけどー?」
「当たってねぇだろーが」
「当たってたらどうするの!」
「あぁ?俺様が知るかよ」
暴力反対!と目を吊り上げる名前ちゃんを見事にスルーし、跡部が樺地を呼んだ。
すぐに樺地が跡部にタオルを手渡し、そして同様に名前ちゃんへ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう樺地くん…!」
汗を拭く名前ちゃんに、跡部が持っていたボールを手渡した。
「いいサーブを期待してるぜ」
「だからハードル上げないでってばぁ…」
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