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「あの…すいません…至れり尽くせりで…」
「アーン?これくらい当然だ」


あの打ち合いの後、他の皆が試合をする流れにはなるはずもなく、あっという間に豪邸に連れていかれてお医者様やら整体師さんやらのお世話になってしまった。
この豪邸が景吾の家であったり、彼らがここの専属の方だったり、現実味がない空気感に唖然としているうちに処置は終わり、ただ今景吾と共に皆が待つ客室に向かっているところだ。


「ったく…痛んだら言えと言っただろうが」


違和感と少しの痛みが残る右足へのサポートとして手を貸してくれている景吾が、不満を全面に押し出した声で言った。


「途中で止めるなんて嫌だもん。ただでさえ2ゲームしか出来ないのに」
「ハァ…成程。あの手塚の慌て様を漸く理解した」


彼の名前が出てハッと顔を上げる。


「国光には言わないでね…!?」
「…ほう?」


国光だけじゃなく出来れば秀にも、ていうか全員…!
景吾とバチバチにやりあって、医者と整体師のお世話にまでなってしまったことが知られたら、暫くラケットを取り上げられかねない。
他はともかく、国光はやる男だ。
心配してくれるのは嬉しいけど、私から試合の記録表を奪い、持ち帰るのを許可制にしたこと、未だにちょっと根に持ってるんだからね。


「黙っててやってもいいが、代わりに何かしてくれるんだろうな?」
「え、うそ、そういう感じ…?」


少し考えた景吾はふっと口元を上げた。


「氷帝(ウチ)のマネージャーになるってのはどうだ?」
「ん!?な、何言ってんの!?」


トンデモ交換条件じゃないですか!?


「そっ、それはあの、他にないですかね…!」


慌てる私に、バーカ、冗談だ、と景吾が笑う。
焦った、なんなんだもう…


「ま、ウチに来たきゃいつでもお前の席は用意してやるぜ」


用意するのは景吾ではなく学校側だと思うんですが…
いや、景吾なら言葉一つで学校すらも動かしかねないけど…


「…折角のお誘いだけど、私は青学の生徒なので」
「フッ…俺様の誘いを断ったこと、後悔するんじゃねぇぞ」


景吾らしい言葉だけれど、その中になんとなく激励の思いも混ざっているような気がして。
こうしていてもやっぱり彼らは敵校なんだ、と気が引き締まっていく。


「じゃあ、後悔させてみたら?」


私の返答に満足したらしい景吾は、フン、と口端を吊り上げた。



* * *



目の前に広がる豪華な料理やらお高そうな紅茶やら。
それらに慣れたように手を伸ばす彼らにまたしても唖然としていると、にょきりと視界の端から料理が盛られたお皿が生えてきた。


「名前ちゃん!これめちゃくちゃウマいんだよ!食べて食べて〜!」
「あ、ありがとう…」


皆なんでそんなに普通にしていられるの…
遠慮すんじゃねぇよ、という景吾の声を受けながら、ジローくんからお皿を受け取った。


「足は大丈夫?」
「思った以上に色々して貰ったから大丈夫だよ。ありがとう萩くん」


あそこまでしたのは久しぶりなこともあって、ただ急激に疲労が溜まっただけだと伝えれば、萩くんを始めとする彼らはほっと安心したような表情を浮かべた。
ここも、優しい人ばかりだ。
若干一名ちょっとぶっ飛んでる人はいるけれど。


「落ち着いた所で、そろそろ質問タイムといこか?」


ちらりと侑士が私に視線を送る。
いやあの、私まだ落ち着いてません。
そんな私を気にすることなく、口いっぱいに何かを頬張っていた岳人がガタリと席を揺らした。


「んぉぇ!ふぉっぅ!!」


ぴしりとフォークをこちらに向け、何かを伝えたい様子だが全く分からない。
飲み込んでから喋り…と呆れる侑士にごくりと口の中のものを嚥下した岳人は、お前!と相変わらずフォークを突き出すように何度か振った。


「聞いてねぇぞ!?」
「えっと…?何が…?」
「全部だ全部!!」


まぁ恐らくは無我の境地関係と、最後に見せたアレのことだろう。


「ハハ……無我と、百錬自得と、最後の、どれが聞きたい?」


全部だよ!!と、言葉と共にまたフォークが突き出された。
そりゃそうか。

無我の境地はアメリカにいた頃、父との打ち合いで開花した。
当時は無意識だったけど、それから父とたまに南次郎さんからも徹底的に扱かれてなんとかモノにしたのだ。
そしてまた時が経ち、互いにライバル意識を向けていた相手とのとある練習試合で、私は百錬自得の扉を開いた。
それもまた父や南次郎さんから指導を受けていたのだが、その途中で私はコートから姿を消した。


「…てことで、無我も百錬自得も意識的に使えはするんだけど、百錬自得の方は未完成のままなんだよね」


本来百錬自得は、無我の溢れるパワーを一纏めにして体にかかる負荷を最小限に抑えるもの。
その反動でパワーを集めた箇所以外が疎かになってしまう、というデメリットもあり、私のそれは未完成なせいでプラスして余計な負荷がかかりっぱなしなのである。


「もう…突然崩れ落ちたからビックリしましたよ…」
「ごめんごめん…心配してくれてありがとうね、長太郎も」
「で?最後のは何だったんだ?なんつってるかも分かんなかったしよ」


かたりと椅子を鳴らし、亮がテーブルに頬杖をついた。
なんて言ってるか…?…あ、


「You'd better not cross "Kamikaze"……"神風"に逆らわない方がいい、だ」
「おぉ!流石景吾、なのかな?Your pronunciation is very good!(発音めっちゃいいね!)」
「…Thanks a lot.(そりゃどうも)」


神風…?と首を傾げたり顔を見合わせる彼ら。


「神風は、私の父さんの球だよ」


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