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神風……神の力によって吹き荒れる強い風。
逆らえば最後、まるで大型船が転覆するかのように、体のバランスを失いコートへ落ちる。


「父さん、て…苗字北斗さんか…?」
「うん、そう。打つのは初めてだったけど、今までずっとこの目で見てたし…それにあの時、確かに神風は吹いてたからね」
「…確かに、あの時だけは名前ちゃんへの追い風が吹いていたね」


それに気付けたから、私はあの球が打てた。
それにアレは相手が景吾だったからこそ上手くはまったのだと思う。


「せやけど、」


侑士が何かを考えるようにぽつりと言った。


「俺が見たことある"神風"とはちょお違っとったな…?」
「だよな?テレビで見たことあるけど、ラリーしながらじゃなくて一撃でどーん!て感じだったぜ?」
「まぁあの人は…私が言うのもなんだけど化け物なんで…」


彼らの言う通りだ。
父さんは一撃で決めていたけれど、私には初球では到底打てるものでは無いという自覚はあった。
だからこそ、景吾が風に押し負けるものかと威力を上げて返すであろうことを想定して、ラリーを続けながらその時を待った。
追い風にも助けを借り、徐々に増すその威力を、百錬自得を併用して倍で打ち返すために。


「…この俺様が、尽くお前の策に踊らされてたってワケか」
「んふふ、すっごい良い球だったよ」
「フン、癇に障るような言い方しやがって…」


しっかし、"神風"という呼び名は誰が付けたのだろうか。
前に立海の皆から教えて貰った、父さんが"神"と呼ばれていた、ということ。
"神"が先か、"神風"が先か、はたまた同時にふわりと生まれたのか。
どっちにせよ上手いこと付けたものだ。


「にしても…なーんかやっと名前が苗字北斗の娘で、"傀儡師"だっつーのが実感出来たっつーか…」
「初めて会った時は岳人に任せっきりだったからね」


ぽすりとソファに身を沈める岳人になんともな笑みを返せば、ふとその隣でこちらをじっと見つめていた日吉くんと目が合った。


「どうかした?」
「…下克上の風…」


はい?と首を傾げると、


「2度に渡る元寇を退けた暴風雨、それが"神風"と呼ばれた…と、少し前に授業で習ったものですから」
「あぁ、そんな伝説話もあるねぇ」


伝説…と呟き視線を落とした日吉くんは、やがてふっとその口元を僅かに上げた。


「…案外、伝説じゃあ無いのかもしれません」
「……うん?」


話が掴めずハテナを飛ばす私に、長太郎が苦笑した。


「褒めてるんだと思いますよ、多分ですけど…」
「えっ、そうなの日吉くん!?」
「ご自由に受け取って頂いてどうぞ」


一瞬で消えてしまった口元の笑み。
相変わらず素直じゃねぇな、と笑う景吾を、日吉くんが横目でじろりと睨んだ。



* * *



その後、初めましての氷帝メンバーとも連絡先を交換してもらい、なんとも優雅な昼食タイムを過ごし、また景吾に送って貰って帰宅した、のだが…

ただ今私は大急ぎでシャワーを浴びている。
帰ったら連絡しろと言われた通りに国光に連絡をしたはいいが、メッセージのやりとりはすぐに通話に変わり、そしてまさかの今から少し会えないだろうかというお誘いを受けたのだ。
私の事を気遣って無理はするなと言ってくれたけど、通話越しの彼の声は思っていたより心配してくれてそうで、流石に元気な姿を見せておいた方がいいかとすぐに了承の返事をした。

身辺を整えていつもの交差点に行けば、普段はただ立って私を待っていた国光が、私を見つけるなりすぐにこちらに歩いてくる。


「お待たせ」
「いや、急にすまない。体は大丈夫か」
「あの…病弱ってわけじゃないんで…」
「…膝は大丈夫なのか」
「あ!それがね!」


ドレープパンツの裾を捲り上げれば、膝に巻かれた景吾から貰ったサポーターが顕になる。
見てこれ!と国光を見上げると、彼は何故か周りを気にするように視線をさ迷わせていた。


「どしたの?」


少し言葉を詰まらせるように、こほん、と咳払いをした国光は、ゆっくりとしゃがんでそっと私の手から裾を外した。
ふぁさりとドレープパンツの裾が落ちていく。


「…室内ならまだしも、あまり外でこういうことはするな」
「誰もいないじゃん」
「俺がいる」
「?なら、よくない?」
「………、とにかく、するな」
「えぇ?」


大きく息をつきながら立ち上がった国光は、


「…で、そのサポーターは跡部からか?」
「あっ、そうなの!国光が言ってくれたんでしょ?ありがとう」
「いや」


ほんと、至れり尽くせりでさぁ、と先程までのことを話す私に短い相槌が何度か返ってくるが、それは徐々に間隔が空き、気づいた頃には隣は静かになっていた。


「…な、なんかごめん、私ばっか話して」


なんとも言えない空気に今更気づいてそう言えば、国光はほんの僅かに目を開き、いや、と言葉を濁す。


「えっと…何か聞きたいこととかある…?」
「………」


少しの沈黙の後返ってきたのは、


「…氷帝のやつらとは随分打ち解けたようだな」


へ?と声が漏れた。


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