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はっとしたように体を動かした国光は、気にするな、独り言だ、とすぐに私から視線を外した。


「まぁ、皆いい人たちばっかりだし…?」
「…そうか」
「氷帝って"氷"って字が入ってるせいで、勝手に冷たそうなイメージ持ってたんだけどさ。全然そんなことなかったなぁ」


球を打ち合って分かった。
彼らもまたテニスに熱い思いをかけた、私達と変わりない中学生。
昼時のわちゃわちゃ具合を思い出せば自然と笑みが零れていく。


「跡部に変なことを言われたりはしていないだろうな」
「変なこと…?氷帝に来たければいつでも席を用意する、とかは言われたけど、」


本気なわけないだろうし、私は青学を離れるつもりは無いし、と続けようとした言葉は、国光が突然私の肩を掴んだことで喉の奥へと引っ込んだ。


「それで、お前は何と答えたんだ」


真剣な表情に瞬きを繰り返しても、その目は逸らされることなく真っ直ぐにこちらへ向けられている。


「え…私は青学の生徒なので、って…答えた、けど…?」


様子を伺いつつもそう言えば、そうか、と目元を緩めた国光がそっと私の肩から手を離した。
まさかこの人、たった一日だけの交流で私がほいほい氷帝に行くとでも思っているのか…?


「あのねぇ」
「なんだ…?」
「今まで皆が私にどれだけのことをしてくれたのか、覚えてない訳じゃないでしょ」


不安そうな、不思議そうな目は、どこか道端に置き去りにされた子犬を彷彿とさせ、笑いと共に眉が下がった。
思っていた以上に心配性なんだなぁ、ほんとに。
ぽすりと彼の頭に手を伸ばせば、途端に驚きに見開かれた目が私を見下ろしてくる。


「あの日、国光が声をかけてくれた時から、私は青学男子テニス部のマネージャーなの」


"きっとこれからの青学には、お前の力が必要だ"

"俺達と一緒に、全国の頂点を目指してほしい"


その言葉を忘れたことは無い。
それに、たった半年しか経っていないのに既に数え切れない程の優しさと思い出を受け取っておいて、そう簡単に氷帝に行きますなんて言う訳が無い。


「私は皆と一緒にいるのが好き。皆と一緒に全国に行って、優勝して、皆で笑顔で帰りたい。だから私はずっと青学にいるし、どこにも行くつもりはないよ」


伝わりました?心配性さん?
ぽすぽすと髪を撫で付けながら、いつだかのお返しに最後にそう付け足せば、国光は私の手から逃れるようにふいっと顔を背けた。


「…分かったから、撫でるな」
「あ、照れ光だ」
「っ、…変な呼び名を付けるな」
「んふふふ」


こほん、と取り繕うように国光が咳払いをし、ちらりと私へ視線を向けた。
短く息を吐きながら私へ向き直った国光は、しっかりと私の目を見て、


「いつも俺達を支えてくれてありがとう。これからもよろしく頼む」


改めて真っ直ぐな感謝を伝えられると少し照れくさいけれど、私だってそれ以上に皆には感謝しかない。


「私だっていつも皆に支えられて感謝してるよ。青学に入って、皆に会えて、マネージャーになれて本当に良かった、…ってなんかこれだと、卒業の時とかに言うセリフだな…?」
「…なら、また一年後に同じ言葉を聞かせてくれ」
「あはは、その時はちゃんと皆の前で言わなきゃだね」


でも…そっか、あと一年しかないんだなぁ。
この一年で、私達はどんな道を進むことになるんだろう。
そしてその先は…


「…国光はさ、卒業したらどうするの?」


何気なく尋ねれば、国光は少し視線をさ迷わせた後にまた私に真っ直ぐな目を向けた。


「俺は、プロになる」


サァッ…と私達の髪を風が拾い上げながら通り過ぎていった。
とくり、とくり、と胸が鼓動する。


「…そっか、……そうだよね!国光らしいじゃん。プロになる前も、なった後も、ずっと応援してるよ」
「名前」
「ん?」
「頼みがある」


頼み?
首を傾げた私に、先程よりも真剣な目が向けられていた。


「俺に、お前の想いも背負わせて欲しい」
「…!」
「俺は絶対にプロになって、お前の想いと共にコートに立つ」


"名前の分まで強くなるから…っ!"


あの時、背を向けたままの私に届いたあの声が重なった。


「……嬉しいけど、重荷になったら…」
「重荷にはならない」


キッパリと言い切った国光を見上げれば、こちらを安心させるような優しい目が見下ろしていて。


「お前の想いは必ず、俺の背中を押してくれる」


……あぁ、もう。


「…!な、何故泣くんだ…!」
「…泣いてません」


すん、と鼻をすすりながら両袖で目元を抑えた。
国光が慌てたように、そんなに嫌なら、とか、不躾なことを言った、すまない、なんてひたすら言葉を繰り返すけど、


「…ちがうよ…嬉しいんだと思う」


ぱたりと国光の声が途切れた。


「…そう、なのか…?」
「…んん…たぶん。悲しいとか嫌だとか、そういう気持ちじゃないもん。ふふっ…なんか、あったかい」


彼になら、彼だからこそ、安心して私の奥にしまい込んでいた想いを委ねられるような気がして。


「私からもお願いしていい?」


きゅっと袖口を押し当てて水分を吸い取り、未だに少し不安気な国光へ視線を向けた。


「世界、見せてね」


僅かに目を開いた国光はすぐに目元を緩ませ、約束しよう、と力強く応えてくれた。


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