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明日に修了式、そして明後日からは春休みを控えた今日は部活が無い。
卒業式が終わってからは勿論修了式のスピーチ練習が行われていたのだが、今ままでの練習の成果のお陰で、今日はよく休むようにと式の練習もしなくていいことになった。
つまり、久々の自由時間なのである。
HRはいつもより早めに終わったものの、廊下に出れば既に国光と貞治が壁に背を預けて立っていた。
「今日は平均より4分程早かったね」
「うそ、たった4分?体感めっちゃ早かったんだけど…」
昇降口に向かって歩き出す2人に続きながら、あのさ、と口を開いた。
「2人共、この後暇?」
そう聞けば、貞治はふむ、と何かを考え始めた。
何か予定があるのだろうか。
まぁ元々一人で行くつもりだったし、忙しいなら大丈夫だと言おうとした時、
「特に予定は無いが、どうした?」
国光からの返事も返ってきて、私はその言葉を飲み込んだ。
「今日はこの後何も無いし、明日も修了式だけで部活休みでしょ。春休みの練習が始まる前にガットの張り替え頼んどこうと思って」
ラケットのガットは、本来なら3ヶ月に1回の目安で変えた方がいい。
だけど今の私は昔ほど球を打つこともなく、まだいいかと先延ばしにしてしまっていた。
マネージャー業が始まる前に変えてから一度も変えてなかったし、流石にそろそろ変えないと、と、今回がいい機会だと思ったのだ。
そんなこんなで、良かったら行かない?と国光に言えば、彼は少し驚いたように目を開いた。
「お前から言い出すなんて珍しいな」
「一人で行くって言っても誰かしら着いて来てくれそうだし。だったら先に誘っちゃおうと思ってね」
僅かに表情を崩した国光の横で、貞治がフフと笑う。
「なら、名前を見守る役は手塚に任せるとしよう。すまないが俺は予定があってね」
「そうなの?」
「あぁ。また誘ってくれ」
「ん、分かった」
見守る役っていうのがちょっとひっかかったけど、まぁいいとしよう。
* * *
途中で貞治と別れ、国光と共に近場の大型スポーツショップへとやって来た。
真っ直ぐテニスコーナーに向かい、新しいガットを眺めてみるものの、正直どれでもいいような気もしてしまう。
アメリカにいた頃は毎回決まって同じ物を使っていたのだが、今となっては当時と同じ物はもう無い。
前に変えた時も何となくで決めてしまったし、正直どれにしたかも覚えてないし……あ、そうだ、丁度いい相談相手がいるではないか。
「国光って、どのガット使ってるの?」
そう尋ねれば、彼はずらりと並ぶ多種多様のガットへ視線を動かした。
やがて一つのガットへ手を伸ばした国光は、これだな、と私に見せるように少しだけそれを浮かせてくれる。
「ふーん…じゃ、それにしよ」
「そんな簡単に決めていいのか?」
「昔使ってたのはもう無いし、適当に決めるよりはね。国光が愛用してるんなら、それこそ安心じゃん?」
「…お前がいいなら、反対はしないが」
フックに掛かっていたそれを2つ抜き取り、そのままグリップテープコーナーへ。
丁度いいから、と国光も新しいグリップテープを買うことにしたらしく、恐らくいつも使っているのであろう黒いグリップテープをいくつか手に取っていた。
グリップテープももう昔と同じものはないのだが、ガットよりはこだわりがある。
「やっぱり白なんだな」
迷わず凹凸入りの白いグリップテープを手に取った私を見て、国光が言った。
「色はね、昔からこれだから」
私の持っているラケットは3本とも別物だが、全て赤と黒と少し白のカラーが入ったフレームだ。
グリップを黒にしてしまうと全体的にどことなく重い印象になってしまうため、単純に見た目で毎回白いグリップにしている。
「国光のラケットも白似合いそうだよね。青と黒とちょっと白が入ってる、いつも使ってるの」
「あぁ、あれか」
ふむ、と少し考えた国光は再度商品棚に手を伸ばすと、手に持っていた物と同じ種類の白色を手に取った。
「あれ、白買うの?」
「次に変える時に試してみようと思う」
「おお、いいんじゃない?絶対イケメンになるよ」
「……何がだ…?」
「え?ラケットが、だけど…?」
「…たまに、お前の言っていることの意味が分からない時がある」
「えぇ…?」
あるじゃんラケットにも。
イケメンだったり美人だったり、綺麗な子だね〜とか…
どう説明しても、国光は訳が分からなさそうな顔をしていたので、もう諦めた。
店員さんにそれぞれのストリングテンションを伝えながら、2本のラケットとガット、グリップテープを預けた。
今日はたまたま空いていたらしく、1時間程で終わる、とのことだったので、物は試しに3本目も出来るか聞いてみれば快く応じてくれたのでお願いすることにした。
国光の会計も終わり、後はガットの張り替えが終わるのを待つだけだ。
「どうしよ、先に帰る?」
「いや、俺も待つ」
「まぁそう言うとは思ってたけど」
「…分かっていて聞いたのか」
「一応ね。てことで行きましょう!」
「何処に行くんだ?」
こっちこっち、と国光を連れて行った先は、
「図書館か」
スポーツショップの近くにある大きな街図書館。
「待ち時間中に春休みの宿題先にやっちゃおうかなって」
「成程、いいんじゃないか」
一緒に来たのが国光で良かったかもしれない。
勉強という言葉に嫌な顔をしない、というか、むしろ少し嬉しそうだし。
中に入れば、街中だし学校にも近いこともあって、学習スペースにはちらほらと勉学に励む人達がいる。
2人で来ていたこともあり、多少の私語はするだろうと、私達は比較的人が少ない場所の横並びの席に並んで座り、配りたてほやほやのワークを取り出した。
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