それからは各々読みたい本を読み、たまに国光から和訳を聞かれる以外はやはり静かな時間が流れていく。
だけど全然苦じゃないのが不思議なところだ。
国光はどうか分からないけど、煩いのは苦手そうだし大丈夫だと思いたい。
頃合いを見てスポーツショップに戻り、会計を済ませた帰り道。


「また、分からないところがあったら聞いてもいいか」


恐らく英語の和訳のことだろう。


「分かる範囲でなら力になるよ。なんか、国光に教えるのって不思議な気分だけど」
「そうか?俺としては、良い先生を見つけた気分だ」


先生、とな…
頭がいいことをよく知っている国光から先生と呼ばれるのは、どうにも少し抵抗があるような、ないような…


「ちゃんと答えられるように、私もたまには向こうの本読もうかなぁ…」


ぽつりと漏らしたその言葉に、それなら、とすぐに国光から返事が来た。


「俺が既に読んだ物で良ければいつでも貸そう。一度読んだ物でも、改めてお前に和訳を聞けたら良い勉強になるかもしれない」
「勉強家だねぇ…じゃあ折角だし借りようかな」


そして明日、図書館でも見たあのミステリー小説の一巻と二巻を、国光から借りることになった。
他愛もない短いやりとりと静寂を交互に繰り返しながら、いつもの道を並んで歩いれば、ふと思う。


「なんか最近、ずっと国光と一緒にいる気がする」


思い出し笑いと共に彼を見れば、意外と今気付いたとでも言いそうな顔がこちらを向いた。



* * *



「なんか最近、ずっと国光と一緒にいる気がする」


ふいに言われたその言葉にどきりとしつつも、言われてみれば確かに、と妙に腑に落ちた気がした。


「そう、だな…」
「普段から一緒にいることが多いけどさ、最近は卒業式と修了式の練習もあるし、それ以外でも色々あったし、今日も付き合って貰っちゃったし」


そもそも登下校がほぼ一緒、部活も一緒、委員会も一緒である俺達が一緒にいない時間と言えば、それぞれが家にいる時間と、授業中、そして休日だけだろう。
最近は部活がない日はスピーチ練習で顔を合わせているから、尚更一緒にいる時間が長い。
…名前、は……


「変なこと聞くけど、つまんなくない?」


まさに今、俺が言おうとした言葉が、少し不安そうに笑う名前の口から出た。
俺の反応が遅れたのを変に受け取ったのか、名前はなんでもないと言うようにごめんごめんとへらりと笑った。


「そもそもこんなこと聞く事が変か」
「…逆に聞くが、お前は俺といてつまらなくはないのか?」
「え?なんで?」


名前の表情は本当に純粋な疑問そのもので、すぐに"つまらなくない"という否定の言葉を聞くよりも、何故だか安心感を覚えた。


「俺は、口数が多い方じゃない」
「…自覚はあったのか」
「………」
「いや、貶してるんじゃないからね?」


昔から、無口だとか、言葉が少ないだとか、その類の言葉は良く言われていた。
笑うことも苦手だから、何もしていないのに怒っているのかと勘違いされることもよくあった。
やはり名前も、口には出さずともそう思っているのだろうか。


「…でも、そうかな?確かに国光は口数が多い方じゃないけど、私は別にそこまで少ないとも思ってないよ」
「…?」


ほら、それ、と、名前は笑って俺の顔を指さした。


「別に言葉がなくても、私は国光の表情とも会話してるから。目は口ほどに物を言う…や、表情は?かなぁ」


思わず目を開いた俺に、名前は面白そうに口元を抑えて、驚いてるね〜と言った。
まるで心を読まれているかのような名前からの視線がやけに気恥ずかしくて目を逸らせば、今度は、照れてるねぇ、と笑う。


「ね、私がつまんなそうに見える?」
「…いや」
「んふふ」


むしろ今この状況は完全に遊ばれているような気がしてならなかったが、それでも名前がしっかりと俺を見てくれているのだと実感出来たことが嬉しかった。
こほんと咳払いをして自分を落ち着かせ、相変わらずにやにやと笑う名前に視線を移せば、名前はことりと首を傾けた。


「お前は、俺がつまらなさそうに見えるか?」


きょとんとした名前はじっと俺の顔を見つめ、あぁ、なるほど!と納得したように頷いた。
俺にはなんの事だかサッパリ分からなかったが、何かを理解したようだ。


「やっぱ変なこと聞いちゃった。さっきの質問無し!」


俺は自分でも会話を飛ばしてしまっていることがあると思うことがあるが、名前も時たまその節があると思う。
それでも名前の笑顔はスッキリとした様子で、恐らく変な方向に思考が向いてはいないだろうことは分かるから、余計な追求はせずに頷いた。


「気にするだろうから言っとくけど、無理に話そうとしなくてもいいからね。私は、国光と一緒にいる時…例えばさっきみたいに、お互いが勉強とか読書で集中して何も話さないで黙ってる時間も、なんか安心するから好きだよ」
「…!」


いつだかも感じた、とくりという暖かな鼓動が体を包んだ。


「俺も、好きだ」


ピタリと名前が止まり、驚いたようにこちらを見上げてくる。
…俺は今、何を言った…?
自分の言葉を思い返し、柄にもなく一気に体が熱くなった。


「っいや、今のは…!」
「ふはっ!」


ケラケラと笑い出す名前。


「一瞬告白かと思った〜!国光、口数っていうか言葉数が少ないんだよ!」
「…善処しよう」


未だに笑い続ける名前を笑いすぎだと睨んでも、名前は恐れることなく、それ以上に面白そうに笑い続ける。


「………」
「んふっ、拗ねるなって〜」
「拗ねていない」
「ふふふっ…」


以前生徒会室で、立場は逆だが、同じような会話をしたのを名前は覚えているだろうか。
先程感じたあの小さな心臓の鼓動は、確かにあの時にも感じたものだった。

彼女の、彼女を取り巻く周囲の一挙一動を知らないうちに目で追って、考えて、その度に生まれる暖かさ、緊張、焦り、不安、安心、喜び。
これらをまとめて表すとある言葉を、俺は知っている。
だが、これが果たしてそうなのかは分からない。
今はただ、戸惑いと共にそっと胸の内に秘めることしか出来なかった。


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