春休みが始まった。
約二週間後には新学期が始まり、私達は一つ上の学年へと進級する。
そして…


「今年はどんなヤツが入ってくるんスかね!」


大きなお弁当箱を片手に、桃が待ち切れない様子でまだ見ぬ新入生達への想いを口にした。


「つえーヤツ、入ってこねぇかなぁ」
「ほんとにめちゃくちゃ強いヤツがきて、桃がコテンパンにされたら笑ってやるよ〜」


ぷぷぷ、と笑う英二に、薫がフンと鼻で笑った。


「精々、気楽に構えとくんだな」
「アァン!?テメェが負けたら俺が笑ってやるよ!!」
「んだとコラ!!誰だろうが俺は負けねぇ!!」
「名前先輩に勝てねぇくせによぉ!」
「なっ…テメェもだろうが!!」


えぇー…なんでそこで私の名前を出すんですか桃城くん…
お弁当を挟んでヒートアップしていくいつもの二人へ、いい加減にしろ!と鋭い声を飛ばしたのは国光だった。
決まりの悪そうな顔で振り返る桃と、思い切り眉間に皺を寄せて地面を睨む薫に、国光は部長としての厳しい顔を向けている。


「お前達は2年になるんだぞ。先輩になるという自覚を持て」


スイマセン…と零す二人から少し離れた所では秀が英二を窘めていて、こちらはこちらで、ごめんごめーん、と軽く笑う英二に秀が、全くもう…と困ったように呟いていた。
全くもっていつも通りすぎる風景に、進級するという実感が湧いてこない。


「そんなムキにならなくても、桃も薫もすぐ私なんかより強くなるって」


あはは、と笑いながら言った私に向いたのは、なんとも複雑そうな二人の視線。
やがて口を開いたのは、意外にも薫だった。


「…俺はまだまだッスよ。今のままじゃ、いつまでたっても名前先輩には勝てません」


だな…と、桃も薫に同調するように呟く。
あぁ、なんて眩しいんだろう。
前をいく背中をがむしゃらに追う彼らを見ていると、まるで昔の自分を見ているようだ。
今のままじゃいつまで経っても父さんや南次郎さんは越えられない、当時はその思いで一心にラケットを振り、地面を蹴っていたっけ。


「心配はしてないけど、二人とも、その気持ちは絶対忘れちゃだめだからね」
「「っはい!」」


この二人が私を超えていくのも時間の問題だ、というのは勿論確信していた。
だけど、前のような暗い感情は生まれてこない。
ただただ眩しい、この道の先に見える確かな光。
徐々に強くなっていく彼らの眩しさが、私に同じ眩しさを与えてくれる。


「二人が私を超えるのは時間の問題だと思うけど、私はまだまだ負けるつもりはないから」


彼らの前進が私の前進なら、同じく私の前進も彼らの前進に繋がってくれると信じて。
だからこそ私は、まだ負ける訳にはいかない。


「勿論、皆にもね」


勝負を仕掛けるように彼らの顔を辿る。
力強い挑戦的な目が二つ、暖かく見守りつつもこちらの意図を汲んでくれたような意思の強い目が六つ、彼らの視線は確かに真っ直ぐとこちらに注がれていた。



* * *



午後の部活の真っ最中、新しいコート表を取りに部室に戻ろうとしていた時だった。


「おぉ苗字!丁度いい所に」
「竜崎先生、どうしたんですか?」


この所新学期の準備で忙しそうにしていた竜崎先生が、どこか嬉しそうな雰囲気を纏わせて校舎の方から手を挙げ近づいてくる。


「ついさっき、南次郎から久々に連絡があってね」
「えっ、南次郎さんから!?」


なんだと思う?と尋ねる竜崎先生の表情を見るに、何かいい知らせでもあったのだろうか。
首を傾げる私に、竜崎先生は勿体つけることなくにやりと口端を上げた。


「帰って来たよ。息子も連れてね」


……え、


「えぇっ!?」


思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を抑えた。


「か、帰って来たって、本当ですか…!?」
「あぁ。もう家も決まって、青学の地区内で暮らしてるらしい」
「聞いてない…!!」


豪快に笑った竜崎先生は、南次郎さんから私への伝言を伝えてくれた。
私の両親にも口止めをしていたらしいこの件は、要約すればサプライズらしい。
南次郎さん、そして、私の父さんがなんとも好きそうな悪戯というか、脅かしというか…


「…そっか…リョーマ、こっちにいるんだ…」
「それでね、もう一つ伝言があるんだよ」


なんと、数日後に柿の木坂テニスガーデンで行われるテニスの大会に、リョーマが出場するらしいのだ。


「アタシは観に行くけど、苗字、お前さんも来るかい?」
「っ行きたいです…!!」
「そう言うと思ったよ」


ほれ、と、手渡されたのは、ご丁寧にも日時と集合場所が書かれたメモ。


「じゃ、アタシは戻るよ。引き続きアイツらの面倒をみてやっとくれ」
「はい!ありがとうございます!」
「苗字がマネージャーになってくれて、アタシも大助かりだ。感謝してるよ」
「い、いえっ、私の方が感謝してるくらいですよ…!」


優しく笑い、頼んだよ、と竜崎先生は足早に校舎へと戻って行った。


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