目に見えない薬


朝練が終わって校舎へ向かう途中、んん゙っ、と強めの咳払いをした私に集まる視線。
狙ったかのようにほぼ同時に全ての目がこちらに向く様は、割とかなり恐怖ではある。


「今日は咳払いが多いな」
「言われてみればそうだな…喉の調子でも悪いのか?」


眉をひそめた弦ちゃんに更に続けて、風邪か?との蓮二からの問いかけに、違和感のある喉を少しでも乾燥から守るために唾を飲み込めば、喉風邪一歩手前のような嫌な痛みがじわりと広がった。


「んー…まだ乾燥で片付けられる範囲内であると思いたい」
「マジかよ、飴あるけど食う?」
「貰っとこうかなぁ…」


ん、とブン太がごそごそとラケバを漁って取り出したのは、色んなフルーツ味の飴が詰まった袋そのもの。
こいつ袋ごと持ってきてんの流石すぎんな…


「のど飴じゃねーけど、無いよりマシだろい。好きなだけ持ってけよ」
「じゃあ一種類ずつくれ」
「思ったより持ってくなお前…いいけどよ…」


律儀に袋から一種類ずつ小袋を抜き取ったブン太が、私の両てのひらにそれらを転がした。
今後はいざと言う時の為にのど飴くらいは持ち歩くのもアリかもしれない。


「名前さん、マスクはお持ちですか?」
「いや、持ってない…後で売店で買おうかな…」
「私の予備で良ければ差し上げますよ」
「え、いいの?」
「勿論です。悪化したら大変ですから」


今度は比呂くんから予備で持ち歩いているというマスクを貰い、顔の前に広げた。
同時に、ですが…と少し笑い半分不安そうな声がして、


「でか」
「やはり、サイズが合わなさそうですね…」


最大限に広げれば、それは私の顔面をほぼ覆うほどにでかい。
比呂くんて見た目的にもそこそこ顔が小さいイメージがあるんだけど、こうも違うのか…


「マスクよか、お面じゃな」
「お面でも防げるモンあるだろ。素性とか」
「今更校内で素性隠してどーすんだよい…」
「乾燥を防げないと意味無いじゃないスか…」
「赤也のくせに正論言うな」
「ひ、ひでぇ…!?」


でもこれだって無いよりはマシだし。
折角比呂くんがくれたんだし。


「後でちゃんとしたサイズのやつ売店で買うよ。その上からこれも着けとけば二重ウォールでジャッカルばりの鉄壁の守護神(ディフェンダー)となるのだフハハハは…っ、ん゙んっ!」
「大丈夫かよ…」
「馬鹿なの?」
「ジャッカルを見習って?せめて心配して?」


あーあ、容赦ない精市の言葉で私の喉が傷付いた。
喉風邪に進化しそう。
そうボヤけば全くいつも通りの呆れたような溜息が返ってきた。



* * *



先生には内緒でブン太に貰った飴をコロコロと口内で転がしながら、一限目、二限目をなんだかいつもより出ないというか皆無なやる気と共に過ごした。
一限目の休み時間と同じく、二限目の休み時間も蓮二はわざわざ私の席まで来て喉の調子を聞いてくる。
心配してんのか、ただこの機会を見逃すものかと普段通りデータを取ってんのかは分からない。
……喉風邪のデータっている?
引き始めからの移り変わりみたいな自由研究の題材にでもするつもりですか?

喉に負担を与えないようにポツポツといつもより言葉数少なく蓮二と会話をしていれば、突然教室の空気が変わって女子達の控えめな黄色い声が広がっていく。
あぁ、これは…なんてもう慣れた視線を向ければ、丁度こちらに向かってくる精市の姿があった。


「名前、喉の調子はどう?」
「んー、可もなく不可もなく」
「マスクは買ったの?」
「昼休みでいいかなーって」


だろうと思った、と呆れながら精市は真っ白なビニール袋を私の机の上に置いた。


「ちゃんと名前に合うサイズのマスク、買ってきたから。それから、薬用のど飴とビタミンジュース」
「え、すんませんご丁寧に…」
「うちの売店じゃこれくらいしか揃えられなかったから、帰る時に薬局に寄るからね」
「いやいやそんな大袈裟な…」


私の言葉を遮るように精市がずいっとこちらに身を乗り出し、思わず体が後退する。
目の前にはにっこり笑顔。


「名前が本格的に風邪を引いたら大変なのは俺達なんだけど?うちのマネージャーに替えがいるとでも思ってるの?」
「ブラック企業かよ」
「お前の代わりはいくらでもいるって言われるよりいいでしょ」
「ブラックなのには代わりねーのよそれ!っ、んん゙っん…!」
「名前、あまり声を張るな」
「絶対私悪くない…」


必ず今日中に治してね、と精市は綺麗な笑顔を向けて去っていく。
クラスの女子達がその背中をぽーっと見つめていた。


「…絶対皆騙されてるって…」
「そう言ってやるな。精市も名前を心配しての行動だろう」
「てかそろそろマネージャー増やさない?来年どうすんの?」
「それは精市が決めることだ」
「どうなっても知らんぞ…赤也頑張れ…」


それから授業中は先生の目を盗んではちょいちょい飴を口に入れ、そろそろ味覚がバグりそうである。
やっと校内チャイムと時計が昼休みを示し、今日はどこで誰とお昼を食べようかと悩んでいた時、案の定また黄色い声が聞こえた。
また精市か?と思いながら振り返った先にはまさかのブン太と雅治がいて、それからすぐに弦ちゃんと比呂くん、ジャッカル、精市、そして少し遅れてバタバタと赤也までもがうちのクラスに大集合だからもう教室中の空気がヤバいのなんの。
今日ってテニス部なんかあるのかな、なんて女子達がきゃいきゃい言っている中を半分逃げ出すように教室を出た。


「マジでなにしてんのキミ達…え、昼休みレギュラーミーティングとかあったっけ…?」


だとしてもうちのクラスに集合すんのだけは勘弁してくれ。


「私もですが、真田君も名前さんの体調を気にしていたようだったので、昼食がてらご一緒しようとしたのですが…」
「うむ。日々の健康管理はまず体力作りから。まずは俺が普段やっている健康トレーニング法を伝授してやろうと思ってな」
「あ、いいです間に合ってます」
「何?効果は十分証明されているぞ」
「絶対元々の身体の作りだと思う」


む、と不満そうな弦ちゃんを笑いながら、比呂くんが他のメンツを見回した。


「…この様子だと、全員同じのようですね」


全員各々の健康法の伝授?と嫌な顔をすれば、違ぇだろ、とジャッカルからのツッコミ。
ふー、と小さな溜息を鼻から零したブン太が片眉を下げた。


「ま、元気そうじゃん。喉、ど?」
「マスクもあったし、ひたすら飴舐めてたから乾燥とは無縁だった」


代わりに体感お腹は一杯で昼ご飯どころじゃないけど。


「ブン太、私のお弁当食べる?」
「は、お前は?」
「ずっと飴舐めてたから気分的にお腹一杯なんだよね。ちょっとは食べるけど」
「コスパいいな…」
「誰かさんと違っての」
「うっせ!育ち盛りなんだよい!」


そんな話をしていれば、なら丁度いいな、とジャッカルから渡されたのは売店に売っているゼリー飲料のパック。
母さんには申し訳ないけど、今はこっちの方が体が受け付けてくれそうではある。


「てか今日だけで私貰いすぎでは…?全部有難く貰いますけど」
「お互い様だろ。気にすんな、らしくねぇぜ」
「励ましてんの?貶してんの?」
「お前の遠慮のなさをいい意味にとって励ましてんだよ」
「うーん正直者だねジャッカルくん」


それから、名前先輩、と赤也に呼ばれ振り向けば、これ…とおずおずと差し出された棒付きキャンディー。
のど飴でもなく小袋タイプでもなく、まさかの棒付き。


「たまたまクラスの奴が持ってたから貰ったんスよ。のど飴じゃないんスけど…でも、名前先輩の喉が治りますようにって願いは込めたんで!」


棒付きなんて小さなことはどうでもよくなるくらい、そのキラキラ笑顔に心を撃ち抜かれました。


「食べないで家宝にする」
「はい!?いやっ、食べてくださいよ!?」
「ワカッタタベルヨ」
「…計算するまでも無いな」


それから久しぶりに全員集合の昼休みを過ごしたのだが、あまり喉に負担をかけないようにしようとしても、どうしても勝手に込み上げてくる笑いが喉を刺激する。
普段何気なく過ごしていたけれど、コイツらといるとこうも喉に負担がかかるんだなぁと改めて知りました。





(おはよう名前。喉はどう?)
(おはよー。いやもうすっかり良くなりまして。皆さん昨日はお世話になりました)
(そうか。それは良かった)
(ええ、悪化せずに済んで良かったですね)
(名前先輩、ちゃんとあの飴食べましたぁ?)
(アァウン、タベタヨ)
(ふむ、やはり計算するまでも無いな)
(ていうか昨日私の靴箱にてるてる坊主入れたの雅治だよね何あれ嫌がらせ?)
(んなことしてたのかよ仁王…)
(名前の喉が晴れたようでなによりぜよ)
(何いい感じに締めようとしてんだよい…)



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