秋空に"あき"無し
今日は古典の小テストが返却される日だった。
いつもなら勉強なんてやらないし、大体フィーリングとか勘とか、なんなら記号問題はたまにこっそりサイコロを転がして答えを決めていたりもするけれど、今回の私は一味違うのだ。
私の前の番号の人が呼ばれ、次は私の番だ、と立ち上がる準備をしながら先生を見ると、先生は少し複雑そうな顔をしながら手に持ったテスト用紙と私とを視線を行ったり来たりさせた。
「あー…苗字」
「あい」
先生からテスト用紙を受け取ろうとした時、先生はやっぱり複雑そうな表情で、
「…お前、まさかとは思うがやってないよな」
「はい?何を?」
「"カ"から始まって"グ"で終わるご法度…」
「私への信用そんなもんなんスか」
「い、いや、やるわけないよな…!なんだかんだ苗字は良い奴だって先生知ってるからな!やれば出来るじゃないか、見直したぞ!」
言い訳のようなものを早口で並べる先生からテスト用紙を受け取り、私の視線はすぐにその右上へ。
94と書かれた赤い数字のすぐ下には小さく"!?"とこれまた赤ペンで書かれていて、内心でドヤ顔をした。
テストの解説を主とした授業が終わり、私は先程返却されたテスト用紙を持って蓮二の元へ。
「真っ先にここへ来るだろうなとは思っていたが、そんなにいい点数だったのか?」
ちらりとこちらを見上げた蓮二の机の上には、100という数字が書かれたテスト用紙が平然と置かれていた。
けれどそんなもんどうせ見なくても知ってたし、今はそんなことよりこっちだ。
「ででーん」
蓮二の顔の前に自身のテスト用紙を突きつければ、彼の顔はすぐにその右上に向かう。
はっと目を開いた蓮二は眼球を下へ移動させて、テスト用紙を往復してまた右上でその視線を止めた。
「…一応聞いておくが、」
「やってないわお前もか」
私がそんなせこい事する訳ないだろうが、と怪訝そうな顔を睨めば、暫くテスト用紙を眺めていた蓮二はふとその口元を緩めた。
「お前はやれば出来るとは知っていたが、ここまでとはな。データを更新する必要がありそうだ」
「それより頑張ったなとかないんすか」
「あぁ、頑張ったな」
「言わせたみたいになったじゃんか…」
「いや、本心だ。よく頑張ったな」
「……んふふふ…」
言わせたようにはなったけれど、やはり言われると嬉しいものだ。
喜びに歪む口元をテスト用紙で隠してにやにやしていると、ところで、と蓮二が教科書類をしまいながら言った。
「どういう風の吹き回しだ?何か欲しいものでもあったのか?」
「いや?特に何もないよ」
テスト用紙を2回折りたたみ、ヒラヒラと揺らす。
「単純に本気出したらどこまでいけんのか気になっただけ」
「要するに、いつもの気分ということか」
「でも気分にしては上出来じゃね?」
「そうだな…流石に驚いた」
「いえーい」
蓮二が楽しそうに口角を上げた。
「お前のその気分とやらは、時たま俺の予想の斜め上をいく」
「私の気分は自分でも予想できないからねぇ」
「あぁ、だからだろうな」
あの蓮二を驚かせることにも成功したし、今回の収穫としては大満足だ。
後で精市にも見せよ。
あと弦ちゃんにも。
それから比呂くんとジャッカルにも見せたらきっと優しく褒めてくれるに違いない。
「これを機に、普段からも実力を発揮させたらどうだ?」
「いや、もう無理。私の気分は変わりやすいんで」
「まるで秋空だな」
「あー…」
なんだっけ、そんなことわざがあったような…
「"秋の空は七度半変わる"」
「あ、それそれ……、…よく分かったね…?」
「ちなみにことわざではなく慣用句だ」
「そんなん、」
"どっちも一緒だろ"…と、お前は言う。
一字一句そのままなぞられた思考に眉が寄った。
「フッ…お前の突拍子もない行動に関してはたまに予想が外れるが、面と向かえば言葉や思考は表情で分かる」
「そりゃ表情見たら分かるでしょズルじゃん」
「お前は特に分かりやすいからな」
「明日から般若でも付けてこようかな」
「そんなもの家にあるのか?」
「真田家にありそう」
「……いいえ、とは言えないな」
それから言葉を先読みされた仕返しをしてやろうとじっと蓮二の顔を見つめれば、初めは不思議そうにこちらを見返していた蓮二はすぐに小さく笑った。
それは少し挑戦的な笑みへと変わり、
「俺が今何を考えているのか見事当てられたら、後で売店のフルーツティーでも買ってやろう」
「マジか。男に二言は無いな?」
「あぁ。当てられたらな」
絶対当てられないだろうという顔をしているけど、景品をチラつかせられたらもう当てるしかねーじゃねーの!
じーっと蓮二を見つめる。
蓮二も変わらず私を見つめ返し、当ててみろという顔を……あ!
「分かったぞ!"当てられるもんなら当ててみろ"だ!お前の思考なんざ」
「"スケスケだぜ"…か?お前ならそう言うだろうと思った」
残念ながらフルーツティーは無しだな、と蓮二は顔を顰める私を面白そうに笑った。
「え、正解は?」
「秘密」
「雅治かよ…」
蓮二は机から理科の教科書やノートを取り出し、私に構うことなくすくりと立ち上がる。
「次は理科室だ。早く準備をしろ」
「うーい…」
「聞かないのか?」
「はぁ?」
「正解」
「聞いたって教えてくれないでしょ。もういいもんねーだ」
「良く分かったな」
今のって正解に換算されないんすか、とダメ元で聞いてみれば、蓮二は少し考える素振りを見せた後にくるりと背を向け、
「フルーツティーくらいならいつでも奢ってやる」
「え、じゃあ毎日」
「今度から学年テストの前にノートを貸すのを止めようと思う」
「調子乗ってすみませんでした」
スタスタと出入口に歩いていく蓮二に慌てて自分の机に戻り、理科の教材を引っ張り出して後を追った。
置いていかれたかと思えば、先に教室を出て行ったはずの蓮二は出入口を出てすぐの廊下で面白そうに私を待っていたのだった。
(蓮二って心を読んでる訳じゃないんだよね)
(流石に心は読めるものじゃない。それまでの会話を軸に、相手の間合い、話し始めの音、表情や目の動きからその人物のデータと関連付けて)
(もういいです私には一生無理だ)
(慣れてしまえばそこまで難しいものじゃあないぞ)
(思ったんだけどさっきの蓮二の思ってること当てるの、前の会話がどうでもいい般若面の話だったから激ムズだったのでは…?)
(…さぁな。("お前との会話は秋(飽き)が来ない"なんて言い回しは、名前には思い付かないだろうな))
back