癒しが欲しい
「なんか最近癒しが足りないんだよな…」
そう零せば、目の前の赤髪は口元で小刻みに揺れていたポッキーをぴたりと止め、はぁ、と気の抜けた返事をした。
「んじゃ、ウチ来るか?弟達が、名前ねーちゃん次はいつ来るのー!ってうるせーのなんの…」
「えっマジ?それはもう毎日通っちゃう」
「毎日は勘弁してくれ」
あいつら名前が来るといつも以上にうるせぇんだよ、とブン太が呆れ半分で笑った。
私からしたらあのわちゃわちゃ具合がデフォなので、彼らの普段がどれだけのうるささなのかは知らないけれど。
でも思ってる以上に彼らに好かれていることは分かったので大満足である。
「ていうかさぁ」
「んぁー?」
新しいポッキーを箱からつまみ出すブン太へ、つい先程の話を思い返しながらちらりと目線を送る。
「ブン太が私のこと名前ねーちゃんて言うのなんかじわじわくるな」
「お、弟達がそう言ってたのをそのまま言っただけだろ…!!」
「いやそうなんだけど。え、ちょっと普通に言ってみてよ、名前ねーちゃんて」
ぜってー嫌だ!とブン太が体ごとそっぽを向いた。
ちゃっかりポッキーの箱をしっかり片手に握っていったのがなんともブン太らしい。
「つーかお前、ねーちゃんて感じしねぇもん」
「はぁ?子供っぽいと?」
「そうは言ってねぇだろい……否定はしねぇけど」
「聞こえてんだよ」
向かい合わせに挟んでいる机に肘をつき、摘んだポッキーをゆらゆらと揺らしながらなにやら考えているブン太はやがて、ん、と私の口元へポッキーの先端を近づけた。
そうされれば、それが格段嫌いな物でも無く、相手に対して特に警戒も何も無い以上自然と口が開くのは当たり前のこと。
大して何も考えずにぱくりと差し出されたポッキーを咥えれば、すぐにブン太の手が離れていく。
ポキポキと折りながら食べ進める私をじっと見つめるブン太に、ん?と小首を傾げた。
「…やっぱお前がねーちゃんはねぇな」
「んー…まぁブン太に関しては確かになぁ。ブン太は兄貴のイメージ強いしなぁ」
「お〜?兄ちゃんて呼んでもいいんだぜぃ?」
「にーちゃん」
「っお、ぁ、」
「え、どうした???」
急に変な呻き声を上げ、胸辺りを抑えて前屈みになるブン太の異様さに思わず眉が寄る。
あの、その片手に握られてるポッキーの箱ぐしゃってますよお兄さん。
ポキポキじゃなくてボキボキって音したけど大丈夫すかそれ。
「…何しとるんじゃ」
頭上からの声に顔を上げれば、今の今まで私がしていたであろう表情と同じような若干引いた顔の雅治が、机を巻き込んで蹲るブン太から今も尚握りつぶされているポッキーの箱へと視線を移した。
「あ、おかえり」
「ん、ただいま」
私の隣に置いてあった空いた椅子にとさりと腰掛けた雅治は、で?と怠そうにこちらに向けられたままのブン太の頭頂部を指さす。
「分からん。なんか急にこうなった。死ぬのかな。惜しいヤツをなくし」
「勝手に殺すんじゃねぇ…」
「あ、生きてた」
未だに胸を抑えたままのろのろと起き上がったブン太は、自身の手に握られてぐしゃぐしゃになったポッキーの箱を見て、げ、と目元をひくつかせた。
「のう、丸井」
「…んだよ」
「コイツに何言われたんじゃ」
ジト目でブン太を見つつも、コイツ、と私の方を指さす雅治。
途端にブン太の顔がその髪の色のようにぽわりと赤く染まった。
「いや何も言ってないわ」
「それは嘘」
「え?私なんか言った?ねぇブン太」
「いっ………た…」
「いや言って…ない、よな…?え…?」
そわそわと落ち着かない様子のブン太に聞くことは諦めたのか、雅治は机に肘をついて顎を乗せ、ゆるりと私を見上げる。
「コイツがこうなる直前、お前さんはなんて言ったんじゃ」
え?…えーと…?
「…にーちゃん?」
僅かに雅治の目が開かれるが、それはすぐに細められ、ほう…?とブン太を流し見た。
「な〜るほど?まさか丸井にそんな趣味があったとはのう…」
「ちっ…げぇよ!!俺が言わせたみてぇになってんじゃねーか!!」
「半分そんな感じじゃん」
「頼むお前一旦ちょっと黙っててくれ」
解せぬぞ。
はぁ〜…と深いため息をついたブン太が、手持ち無沙汰にぐしゃぐしゃに潰れたポッキーの箱を直すように弄り出す。
そんな様子を雅治はクツクツと笑い、それをブン太がじろりと睨み上げた。
「そもそも名前が癒しが足りねぇとかなんとか言って、そっからウチの弟達の話になって、なんやかんやでこうなったんだよ…」
「癒し?」
雅治に、そー、と一言添えて机に頬杖をついた。
「うちには赤也っていう可愛い可愛い後輩がいて、それはもう癒しなんだけどさぁ。学年違うから部活の時じゃないと会えないじゃん」
まぁ学年が違って一つ下っていう弟みたいな補正もあるから癒しになっているんだとは思うけど。
「なんじゃ?俺らは役不足か?」
「お前らのどこに癒されんだよ」
「ひでぇ言い草だなおい。女子からは結構、見てるだけで癒し〜とか言われてんだけど?」
どこか得意げな表情のブン太をじっと見つめた。
得意げな顔が徐々に引きつっていき、やがてそわそわと居心地が悪そうに視線が揺れる。
「お、おい…いつまで見てんだよ…」
「私がブン太に癒しを見つけるまで」
「フッ、何時間かかるんかのう」
「俺が調子乗りましたもう見んなあっち向いとけ…!」
向いとけと言いつつ自分から視線を逸らしてそっぽを向くブン太に、なんだよもう、と文句を呟けば、突然頬についていた手を温かい何かに包まれた。
「!」
「あったかくて癒されるじゃろ」
「……確かに?」
私の手の甲を包んだ雅治の手の中には、恐らくカイロが仕込まれているのだろう。
ほかほかとした優しい熱気が、手の甲越しに頬を撫でていく。
支えられていた頬を持ち上げれば、雅治がするりと私の掌にカイロを滑り込ませた。
「あったか〜い…」
今度は直接カイロに頬をつけて、くたりと机に上半身を倒す。
幸せかよ…天国だ…
頬にカイロを当てて力を抜いた私を見下ろした雅治は、それやる、と目を細めて言った。
「え、でも雅治の癒しでしょこれ。いいの?」
「俺はもう充分癒された」
「?あぁ、そう。じゃあ遠慮なく〜」
カイロの熱に包まれだらりとしていれば、ブン太がどこか面白くなさそうに机に頬杖を着く。
「…で?お前いつウチ来んの?」
「え、いつでもいいけど〜」
「んじゃ、今度の日曜」
「い〜よぉ〜」
帰ったら弟達にも伝えとく、と、先程とは違ってブン太は満足気に笑った。
と、ここで校内に響く予鈴の音。
立ち上がった私を、雅治とブン太の目が追う。
「じゃ、戻るわ。カイロありがとー」
「ん」
「おう、またな」
ひらりと手を上げるブン太と特に何もしない雅治に軽く手を振って、B組の教室を出た。
(…身内を使うのはズルいのう?ブンちゃん)
(うっせー。アイツらも喜ぶし名前も癒されんだから一石二鳥だろい)
(で?日曜は空けとけばええんか)
(……は、お前も来んの?)
(行けたら行くぜよ)
(それ来ねぇやつじゃん、と見せかけてぜってー来んだろお前!)
(プリッ)
back