その糖分取り扱い注意


ご飯物を作る調理実習は全然いいのだが、今日の調理実習はクレープだった。
甘いものがそこまで好きでは無い私は、授業が終わってすぐに甘ったるい空気の調理室から逃げるように廊下へ出た。
蓮二?知らん。

調理実習用の手提げバッグには、ロールクレープが二本入ったプラスチック容器がしまわれている。
本来は自分で作ったものをその場で食べておしまい、なのだが、めちゃくちゃ小さく一口サイズで自分用のものを作って食べ、残した生地でこの二本のロールクレープを作ってこっそり持ち帰って来たのだ。

その足のまま向かったのはB組。
そこにこのクレープの処理班がいる。
班、と言っても、片方は私と同じで甘いものがそこまでじゃないから主に一人なんだけど。

休み時間で賑わう廊下を進み、B組の教室を覗けば、お目当ての人物が窓際の席でもう一人の見慣れた仲間と会話に花を咲かせていた。


「おーいブンちゃん」


近付きながら声をかければ、二人が同時にこちらを振り向いた。
綺麗な赤髪と綺麗な銀髪が太陽光に照らされきらりと光る。


「んん?名前じゃん。珍しいな、お前が来んの」
「なんじゃ、ブンちゃんにだけ用事か?」
「どっちでもいいんだけどブン太のが適任だと思う」


ん?と片眉を上げた雅治の横で、ブン太が何かに気づいたように鼻をひくひくと動かした。


「…名前から甘い匂いがする」
「犬かお前は」


言い様によっては白い目向けられるぞお前。
手提げバッグから容器を取り出せば、ブン太は途端に目を輝かせ、雅治が成程と呟く。
クレープじゃん!と、ブン太ががたりと椅子を鳴らした。


「調理実習のやつ。作りたてほやほや。あげる」
「まじかよぃ!サンキュー!!」
「一応二本作ったけど雅治も食べる?」
「半分」


まあ適当に食べてくれ。
味は保証しないけど変なものは入れてないから大丈夫だと思いたい。


「フォークとかないから食べやすいように巻いたんだけど、食べにくかったらごめん」
「気にしねーよんなこと!」


かちゃかちゃと容器の音を立てながらブン太が蓋を開けた。
ふわりとここまで先程の甘い匂いが漂ってきて、思わず顔を顰めそうになる。
ブン太は片方のロールクレープに手を伸ばし、めちゃくちゃうまそー、と頬を綻ばせた。


「中身、何じゃ?」
「どっちもチョコバナナ」
「甘そうじゃな…」
「無理して食べなくていいって」
「食べる」


半分くれ、と雅治がブン太に言えば、ブン太が片方のロールクレープを器用にも綺麗に半分に割った。
指に全くクリームがついてないし、相当な手練だ。
いただきまーす、とブン太が分けられた片割れを口へと放り込んだ。
一本の半分とはいえ、まさかの一気食いである。


「んんん!!んま!!」
「そりゃ良かった」


もく、と雅治も片割れを口へと運んだ。


「……、甘いナリ」
「クレープだっつってんだろ当たり前だ」


食うっつったのお前だろ。


「でも美味い」
「…それは良かったです」


あっという間に空になった容器を回収して自分のクラスに戻ろうとしたが、あ、と思い出して二人を振り返った。


「赤也にだけはバレないようにしてね」


あの子にバレたら絶対、え!俺も食いたいッス!作ってくださいよ!とか言われるに決まってる。
目をキラッキラさせた可愛い後輩にそんなこと言われたら絶対に断れる自信が無い。


「お〜、任せろぃ」
「フ、名前と同学年じゃなかった事を恨むんじゃな」
「お前それ絶対本人に言うなよ」
「分かっちょるぜよ」


どちらもそれぞれ別の意味で不安しかないが、ほんとに言うなよ、と再度念押しして、B組のゴミ箱に容器を捨ててから自分のクラスに戻った。
次にもし調理実習で甘いものを作ることになったら、その時は赤也にでもあげるか…



* * *



「…名前、」
「おかえり」
「え?ただいま?」


自クラスに戻った私を出迎えたのは蓮二、そして何故か一緒にいた精市だった。
道理で教室に入る前に浮ついたような異様な雰囲気がした訳だ。


「精市、来てたんだ」
「そんなことより、今日の調理実習はクレープだったよね?」
「そうだけど…?」


それがどうしたと首を傾げれば、精市は綺麗な笑顔を見せた。
教室中から高い声が聞こえてくるが、あの、皆さん、この顔はアレですよ、ヤバいやつですよ。
原因が何なのかは分からないが、とにかくヤバいやつですよ。


「勿論、名前は作ったクレープを全部食べたんだよね?」
「い、いや、ブン太と雅治にあげてきたところなんですが…」
「へぇ?」


声ひっく…どっから出してるんですかそれ…


「せ、精市さん…?」
「俺を差し置いて?丸井と仁王に?ふぅん?」


いやだって甘いものって言ったらブン太じゃん…!
妥当な判断じゃん…!!
助けを求めて蓮二を見るも、彼はいつの間にか明後日の方向を向いて読書をしている。
誰かその裏切り者を縛ってくれ。


「こっち向きなよ、名前。俺は今名前と話してるんだけどなぁ」
「はいすいません」
「俺が言いたいこと、分かるよね?」
「明日作ってきます」
「あ、そう?なんだか悪いなぁ。でも、折角だし楽しみにしてるよ」


じゃあまた部活でね、と朗らかな笑みを向けた精市が軽い足取りで教室を出ていく。
やがてその姿が見えなくなった頃、やっと体の力が抜けた。
皆さん、あれが誘導尋問ってやつですよ。





(なんで精市が調理実習のこと知ってんの)
(俺が昨日話した)
(なんで言ってくれなかったんだよ…!)
(真っ先に調理室を出て行ったのはお前だろう)
(はぁぁ……この際だし赤也の分も作るかなぁ)
(止めておいた方が身の為だと思うが)
(だよね、止めとく)



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