伝わらなかった愛


『あ』


昼休みも終盤に差し掛かり、次の授業の用意をしようと机を漁っていた時、思わず漏れた声に蓮二が、どうした?と聞いた。
返事をしないままごそごそと机の中を再度漁り、席を立って教室の後ろにあるロッカーを漁り、ある訳ないよなぁとまた席に戻る。
その間私の動きをじっと観察していた蓮二は、何かを察したように僅かに肩を落とした。


『現国の教科書忘れた』
「だろうな」


くそ、昨日珍しく気が向いて持って帰るんじゃなかった。


『今日現国あるのって何組だ…』
「借りるなら、A組かI組、それか持って帰っていない仁王辺りか」
『ジャッカル一択だな』


A組は比呂くんがいるけど弦ちゃんもいるからアウト、ていうかそもそもA組もB組も行くにはC組の前を通る訳で、C組には精市がいる。
アウトもアウト、完全アウト。
I組が現国あってめちゃくちゃ助かったありがとう学校。


『ちょっと行ってくるわ』


蓮二に見送られ、一応廊下をこっそりと覗いて会いたくない奴がいないか確認をしてからI組に向かった。
廊下からクラス内を覗けば、お目当ての人物と一緒に黒いもじゃもじゃ頭を更にくしゃりと掻き回す後輩の姿が見える。
あの子まーたジャッカルに英語見てもらってんのか。


『やぁお二人さん』


近付きながら声をかければ二人の視線が同時にこちらを向き、後輩くんがぱぁっと顔を明るくさせた。
あぁ、今日も可愛いね君は。


「名前先輩!!」
『なんかもう一個下の赤也がここにいんのも見慣れてきたな』
「よう、どうしたお前まで」
『よう、相変わらずの慈善活動だね』


まぁな、と呆れたように言うけれど、案外満更でもなさそうな顔をしているジャッカルは本当に仏のような人だと思う。
先輩も英語ッスか?と同士を見つけたような言い方をする赤也を、ちゃうわ、と斬り伏せた。


『ジャッカルくん、現国の教科書を貸してくれたまえ』
「現国?お前が忘れるなんて珍しいな」
『珍しく家に持って帰ったから忘れたんだよ』
「あぁ…そういうことかよ…」


ほらよ、と素直に差し出してくれるジャッカル、まじ神。
目を吊り上げるアイツと、笑顔で見返りを求めるアイツと、にやにやと弄ってくるアイツとは全然違うね!
くっそ、比呂くんが弦ちゃんと同じクラスじゃなければ逃げ道がもう一つ増えるのに。


『ありがとう神様』


教科書を受け取りつつふと落とした視線の先で、目に止まったそれにひくりと目元が揺れた。
赤也がジャッカルに英語を教えて貰っているのは何度も見たことがあるが、ワークの中身を実際に見るのは初めてだ。


『なにこれ…アラビア語…?』
「英語ッスけど!?」


お世辞にも上手いと言えないミミズのようなアルファベット、というかもはやミミズ。
英語を教えて貰っていることと、ワークが英語のものであるから、辛うじてアルファベットだと理解出来るレベルだ。


『ウチってアラビア語専攻なんてあったのか』
「英語っつってんでしょーが!!」
『うん?』
「すんませんすんませんっ!!!」


名前先輩ひでぇ、とメソメソしだした後輩に流石にいじめすぎたかと、すまんすまん、と軽く謝りながら彼のもじゃもじゃ頭をかきまわした。


『にしてもよく立海入れたね』
「慰める気あるんスかアンタ」
『可愛がってんだよ』
「普通に可愛がってやれよ…」


いいじゃないの、ジャッカルが甘やかしてんだから。
一人くらいまた違った可愛がり方をする人がいても……いや、若干二名ほどB組にいるな…


『しょーがないな』


ほら、とワークの上に転がした、二つの飴玉の袋。


『仲良く一個ずつね』


いいんスか!と途端に目を輝かせた赤也はやっぱり扱いやすい弟のようだ。


『ジャッカルはまた別でお礼するわ』
「教科書貸したくらいで礼なんていらねぇけどな」
『いや、後でスポドリでも奢る』
「ん…まぁ、お前が言うなら有難く貰っとくぜ」
『おー』


んじゃ借りてくわ、と教科書を片手に背を向けた私を、もう行っちゃうんスかぁ〜と寂しそうな声が追いかけてくる。
やめろ、足が止まるだろ。


『ジャッカル、私がいなくなるまで赤也の口塞いどいて』
「はい!?」
『足が進むことを拒否してくるんだ』
「ったく…」


モガッ、ムグググ、と後ろから聞こえてくる赤也の声に、心の中で手を合わせてなるはやで自分のクラスに戻った。



* * *



『じゃっこ〜!教科書ありがとう助かった!』


私から教科書を受け取ったジャッカルは、何故かちらりと私を見上げて小さなため息をついた。
人の顔見た途端にため息ってどうなのよ。
幸せ逃げんぞ、と言えば、赤也がへこんでたぞ、と返ってくる。


「名前先輩って本当は俺のこと嫌いなんスかね…って、割とガチトーンで言ってたぞ、アイツ」
『私の愛情が伝わっていない、だと…』


だってずっと弟が欲しかったんだもん!
赤也弟みたいなんだもん!
それでいて弄りがいがあるから可愛くてつい遊んじゃうんだもん!


『だもん!!!』
「いい加減、それを本人に言ってやりゃあいいんじゃねぇのか…?」
『調子乗るからだめ』


分からなくは無いけどな、と、難しそうな顔をしたジャッカルがまたため息をついた。


「まぁ、早めに誤解を解いてやれよ」
『……仕方ない、可愛い弟のために一芝居打ってやるか』
「程々にな」
『任しといてくれ』





((赤也みたいな弟欲しかったなぁ〜))
(え、…え?な、なんスか急に)
((赤也が弟だったら、毎日楽しそうだもんね))
(…!当たり前じゃないスか!俺も名前先輩みたいな姉貴欲しかったッス!!)
((……ちょ、ちょっと一回、姉ちゃんて呼んで?))
(姉ちゃん!)
((ごめんやっぱもう二度と呼ばないで無理だわ))
(はい!?言わせたの先輩ッスよね!?)


(結局駄目じゃねぇか…)
((自分のほんの出来心を呪った))



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