たぶん明日読む、たぶん


休日、自宅でごろごろしながら、氷帝の跡部くんと何気ない電話をしていた時だった。


『氷帝ってマネージャーいないし人数多いよね。ドリンクとかってどうしてんの?各自?』
「"各自で持ってくる奴もいるが、ウォータージャグをいくつか置いてるぜ"」
『あー、ウォータージャグかぁ。いいなぁ』
「"立海も人数多いだろ。ジャグねぇのか?"」


うちは基本各自で用意はしているが、それでも足りない時用に予備としてボトルを用意している。
が、如何せん人数が人数なので、予備だとしても結構な量だ。


『ないね。てか考えたこと無かったわ。導入考えんのもありだなぁ』
「"なら、うちで余ってんのをいくつかやるぜ?"」
『まじ?』


神かよ。
流石キング、敵校に対しても太っ腹だな。


『嬉しいけど、一応精市に確認とんなきゃ』
「"お前の頭に確認て言葉があったことに驚いた"」
『失礼だなお前』


くははは、と跡部くんが笑う。
我ながら善意剥き出しの相手にお前とか言うのは逆に失礼だなとは思ったけど、跡部くんは全然気にしていないようだ。
流石キング、心も広い。


「"っくく…お前と話してんのは飽きねぇな"」
『何がどうしてそうなったかは知らんけど、そりゃどうも』


いい加減うちに来いよ、それは無理、といつも通りの会話が展開していくうちに、確認の件は割とどうでも良くなってきた。
皆としてもジャグがあった方が自由に飲めていいと思うし、私も仕事が減って楽だし、いっか。


『やっぱ確認いいわ。くれるならありがたく頂きます』
「"フッ…幸村には俺様から連絡しといてやるよ"」


ついでに青学にも連絡をするようだ。
なんだかんだ世話焼きな跡部くんに小さく笑えば、何笑ってんだ、と言われたので、適当にはぐらかしておいた。



* * *



「…っていう電話が、昨日の夜に跡部からあったんだけど」


次の日、朝練の後精市に呼び止められた。
どうやら跡部くんは私との電話の後、早速精市に連絡を取ってくれたらしい。
跡部と何話したの、と聞かれたので、ただの世間話からウォータージャグの話になったことを覚えていたところだけ伝えた。


『もしかして精市、断った…?』
「いや、こちらとしてもありがたいから貰うことにしたよ」


その言葉に内心ガッツポーズだ。
これであの大量の予備ボトルを何往復もして運ばなくてよくなるぞ。
抑えきれない口元のにやけに気づいた精市が、目を細めてじとりとこちらを見つめてくる。


「相変わらず、他の学校の奴らと仲良くしてるんだね?」
『半分偵察みたいなもんだって』


目つきは徐々に呆れに変わっていき、はぁ、とため息をつかれた。


「まぁ、名前がそう思ってるうちならいいんだけど」
『ま、まさかスパイ的なの疑ってます…!?』
「そんな訳ないだろ。名前は何も知らなくていいよ、一生ね」
『え、ちょっと、精市?』


さっと身を翻した精市が、肩にかけたジャージをなびかせながら部室へ向かっていく。
なんなんだ一体。
もし悩みがあるなら聞くぞーと後ろ姿に声をかければ、ちらりと振り返った精市は心底呆れた様子で。


「ほんと、馬鹿だよね」
『あぁ!?』


は?心配してやったのに貶されたんですけど?
でも、くるりと反対を向く精市の口元はほんの少しだったけど確かに上がっていて、やっぱり精市の考えていることはよく分からん。



* * *



放課後の部活中、唐突にばらばらと聞こえてきたヘリコプターの音に、全員が揃って空を見上げた。
なんだなんだ、と見ていれば、ヘリコプターはコートの上空でぴたりと進行を止め、私達は揃って頭上にハテナを浮かべた。
ヘリコプターの下には何やら大きな荷物のようなものが括り付けられていて、ゆっくりと伸ばされるロープと共にそれは徐々にコートの端の方へと降ろされていく。


「全く…やることが一々大掛かりだね、跡部は」


いつの間にか私の横にいた精市が、風圧で飛ばされないようジャージを抑えて上を見上げている。
跡部…?……あぁほんとだ、ヘリコプターにめっちゃでっかくATOBEって書いてある…


『あ…あのデカいのってウォータージャグ…?』
「そうだと思うけど」


荷物がコートにつくとはらりとロープが切り離され、ヘリコプターは何事も無かったかのように遠方へと去っていく。
恐る恐る見守る部員達を他所に、精市が荷物へと近づいて行くのを慌てて追った。
ダンボールの上には何故か向日葵の花束と、ご丁寧に小さなメッセージカードが括り付けられていて、


「名前へ、だってさ」
『んー?』


"名前へ

約束の品だ
説明書も付けておいた
ちゃんと、しっかり、必ず読め"


『馬鹿にしてんのか!?あーん!?』
「へぇ、ムカつくくらいに名前の事よく分かってるね」
『ねぇそれどういう事』
「ちゃんと、しっかり、必ず、説明書は読みなよ」
『あのさぁ?普通そこは、うちの名前はしっかりしてるのにね、ってフォローするところだよね』


私の言葉を無視した精市が、メッセージカードごと向日葵の花束を抱えて部室へと歩いていく。
ちょ、それどうするつもりですか。


「これは俺が貰うよ」
『は、花を捨てるとかは無いよね…?』
「流石にそんな事するわけないだろ。花に罪は無いからね」


ならいいんですけど…
精市と交代するように、少し離れた所でこちらの様子を伺っていた休憩中のブン太とジャッカルが歩いてくる。
大方精市に、私と一緒にこの荷物の荷解きをしろとか言われたんだろう。
休憩中なのにすまんな二人共。

そんなこんなで、テレレレッテッテッテー、ウォータージャグ×2が仲間になった!
一つだと思ってたのに二つもくれたよ跡部くん。
めちゃくちゃありがとう。
今頃、青学にも届いているんだろうか…





(幸村、その花は…)
(跡部から名前に、ってとこなんだろうけど、俺が貰ってきた)
(跡部から、だと?)
(…向日葵か。跡部にしては珍しい花だな)
(全くね。あの跡部があえて薔薇じゃない花…しかもこれを選んだのが気に入らない)
(フッ、向日葵の花言葉は有名だが…名前が知っているとは思えないな)
(知らないままでいいよ。一生ね)


((跡部くんジャグありがとう!マジ神!助かる!))
("あぁ。花はどうした")
((いやそれが精市が持ってっちゃってさぁ。部室には飾ってあるんだけど…ってかなんなのあのメッセージカード。やっぱお前失礼だぞ))
("…で?説明書は読んだんだろうな?")
((いいえ))
("はぁ……花も説明書も、そんな事だろうとは思ってた")



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