商店街
合宿所の外れからバスで揺られること数十分、商店街の入口で降りた私は真上に広がる青い空へと両手を伸ばし、うーんと大きく伸びをした。
今日はいつものジャージ姿ではなく、ここ最近では珍しい私服である。
お目当てはまず日用品。
それから私服に着替える時にふともう一、二着は着まわせる何かが欲しいと思って、ついでにショッピングでもしようと思った。
外出届けを出す時に至兄さんからお小遣いも貰っちゃったし、なるべく長く着れそうなものを探そう。
心配性な至兄さんからは必ず誰かを連れて行けとは言われたものの、休日にも関わらずトレーニングに励む彼らに声は掛け辛く、こっそり抜け出すように一人で出てきた。
商店街なら何度か来たことがあるし、パパっと見てすぐに帰れば大丈夫だろう。
「んーと…」
雑貨等も取り扱っている大きなスーパーでの買い物を終え、リュックを背負い直し、事前に買うものをメモしておいたスマホに目を落としてリスト整理。
これは買った、これも、…よし、必要なものは全部買ったぞ。
あとはちょっとだけ服を見て帰ろう。
そう思ってスマホから顔を上げれば、いつの間にか私の前には見知らぬ若い男性が立っていて思わずその顔を見あげた。
目が合うなりその人はにこりと微笑みを向け、
「キミ、一人?良かったら案内しようか?」
立ち止まってスマホを見ていたから迷っているのだと思われたのかもしれない。
「大丈夫です、ありがとうございます」
この人がただの善意の塊だったらすごく申し訳ないけれど、流石に一人で見知らぬ人に着いて行くほど子供では無い。
当たり障りのない返事をして軽く会釈して去ろうと思ったが、何故か私の腕はがしりと掴まれてしまった。
「待って待って!いいじゃん、少しだけだよ」
「えっ!?あの、迷っていた訳じゃないので…!」
「それならそこのカフェでケーキでもどう?ご馳走するからさ」
どうしよう…!
彼はにこにこと温厚な笑みを浮かべてはいるものの、私の腕を掴む手はその表情に似合わず力強く、離してくれそうにない。
振り払…えるだろうか。
「あのっ…わ、私、待ち合わせをしてて…!」
「えー?ホントに?」
必死にこくこくと頷くけれど、実際のところ待ち合わせなんかしていない。
こんなことになるなら誰かを誘えばよかった。
「だったらその子が来るまで俺も待つからさ。一緒にカフェに行こ?ね?」
「っえ…」
あぁ、どうしよう。
この状況をどう切り抜けようか迷っていると、突然私のリュックが強く後ろに引かれた。
「ぅあ!?」
リュックごと背後に立つ誰かにぶつかり、そしてすぐにガシリと肩を掴むように置かれた第三者の手。
やばい、彼の仲間か、と思ったのもつかの間、
「…誰かな?」
私の手を掴んでいた男性が、私の背後にいる人物へそう尋ねた。
仲間じゃない…?
首を捻って背後の人物を見上げるのと同時に、
「あぁ?テメェこそ誰だよ」
男性にしては高い声。
視界に映る、さらりと流れる紫髪。
「アツさん!?」
な、何故ここに…!?
「よぉ。随分と楽しそうだなぁ!」
「いやっ、い、」
これが楽しそうに見えますか!?
にまりと悪魔のような笑みを浮かべたアツさんは、未だに私の腕を掴んでいる男性へちらりと視線を投げた。
「で?コイツはお前の知り合いかよ?」
アツさんからの問いかけにぶんぶんと首を振った。
男性からは、チッ、と舌打ちのような音が聞こえる。
「男待ってんだったら最初からそう言えよ!」
先程の優しい声はどこへ行ったのか。
吐き捨てるようにそう言って私の手を払うように離し、彼は私をひと睨みしてから踵を返した。
この間数秒も無し。
ポカンとそれを見送る私の頭上から、フン、雑魚じゃねぇか、と高めのくつくつと笑う声が降ってくる。
それと同時に私の肩に置かれた手もリュックを掴んでいた手もパッと離され、急に失った支えに少しふらつきながらも慌てて後方を振り返った。
「あ、アツさん、どうしてここに…」
「あぁ?助けてやったのに礼も無しかよ」
「あっ!?ありがとうございます…!!助かりました!!」
ふん、と面白くなさそうにそっぽを向いてしまったアツさんにどうしようと慌てるけれど、それよりも私は彼の服に目がいく。
アツさんて意外と服のセンスいいんだよね…私の趣味とは違う、けど…
「あ!!」
「っ、なんだよ、急に大声出すんじゃ」
「アツさん!!一緒に服を見てくれませんか!!」
「……あぁ?」
* * *
初めのうちは、なんで俺がテメェと、と拒否されていたものの、彼の服のセンスを褒めまくったらしぶしぶ着いてきてくれた。
でもその表情は心なしか嬉しそうでもあり、素直な人っていうのはこういう人の事なんだろうなぁなんて思ったりもした。
「これとかどうだよ!」
「い、いや…そのトゲトゲはちょっと…」
「あぁ?これがいいんだろーが!」
今ではもうすっかり楽しそうに私の服を選んでくれているが、指される服はどれもアツさんの趣味全振りである。
「どれもアツさんには似合いますけど…!私はもっと大人しいのがいいと言いますか…」
ふん、とつまらなさそうに視線をめぐらせたアツさんは、やがてどこか一点を見つめてスタスタと歩いていく。
慌てて着いて行った先で無言で目の前に差し出されたのは、少しストリート寄りのバルーンスリーブの薄手の上着。
白と黒のツートーンでシンプルながら、袖の部分にチャックが着いていて開けることも出来る。
「わぁ!それ可愛い!」
でも私、こういう服着たことないんだけど…
こういうタイプの服は持っていないし、似合うでしょうか…と不安ながら聞けば、アツさんはその上着をハンガーから外してふわりと私の肩にかけた。
そしてじぃっとこちらを見ること数秒、若干の恥ずかしさと絶妙な居心地にそわそわし始めた私からふいっと視線を外し、
「…まぁ、いいんじゃねーか」
「え、ほんとですか?アツさんがそう言ってくれるなら安心ですね!」
「……しょうがねぇからそれに合うのも探してやるよ」
「っ是非お願いします…!!」
初めはどうなることかと思っていたが、やっぱりアツさんに頼んで正解だった。
色々と買い込んでしまった紙袋を片手に、アツさんと共に帰りのバスに乗り込んだ。
「おい、にやにやしてんじゃねぇ気味悪ぃ」
「えへへ、だってこういう服初めてですもん。しかもアツさんに選んで貰いましたし」
「…そうかよ」
窓の外へと視線を投げたアツさんは、
「着方で迷ったら来な。どうせなら最後まで面倒みてやる」
意外にも面倒見の良いその発言に驚き笑みを漏らせば、小さな舌打ちと共に、笑ってんじゃねぇ、といかにも照れ隠しのような声色が返ってきたのだった。
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