先輩と桃の紅茶
毛利先輩を見なかったか、と柳くんに聞かれ、私は首を振った。
「やることも無いし、私も探そうか?」
私の言葉に助かると頷いた柳くんは、事情を教えてくれるついでに数言じゅさくんへの伝言を伝えて来た道を戻っていく。
全てを理解した私は、全くもう、と苦笑とため息を漏らしながら、今頃どこかで寝ているのであろう彼を探しに行った。
彼がよく昼寝をしている場所は知っていたから、とりあえずと宿舎を出てそこに向かえば案の定。
木の根元から僅かにはみ出している赤茶のふわふわは、パッと見猫か何かのよう。
起こす為に来たのだからと足音も気にせず近付いても、それは一向に動く気配は無い。
「じゅさくん」
声をかけても彼の目は閉じられたまま、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。
こうして見ると、本当に巨大な猫のようだ。
昼寝を邪魔をするのは忍びないが、彼にはそれよりも大事な約束があるのだ。
「こら〜、起きてくださーい」
肩口付近にしゃがんでゆさゆさと彼の体を揺すった。
「ん、んー……あといちじかん…」
「長っ」
尻つぼみになっていくその言葉に、それじゃ間に合わないともう少しだけ強く体を揺すった。
「起きてくださーい!」
「んん、…なんやも〜………名前ちゃん…?」
「はい。おはようございます」
まだ眠たさの残る目が私を捉え、ゆらゆらと揺れる。
おはよぉ、と気の抜けた返事をしながら、じゅさくんはむくりと起き上がった。
「柳くんが探してましたよ」
ぴっとじゅさくんの背筋が伸び、緩やかだった目がまん丸に見開かれ、
「今何時!?」
明るくなったスマホの画面を見せれば、やば…!と慌てたように立ち上がって私の首がほぼ真上を向く。
「柳達と約束してたんやった…!起こしてくれておおきに!」
あわあわと宿舎の方へ向かおうとするじゅさくんを笑いながら引き止めれば、少し焦ったような顔がこちらを振り向いた。
「柳くんから伝言がありまして」
「伝言…?」
「ふふ…柳くん、全部お見通しでしたよ」
「へ?」
立ち上がってじゅさくんの隣に並び、歩きながら話そうと宿舎の方へと足を向ければ困惑気味の彼がすぐに着いてくる。
「"こうなるだろうと思って、先輩には1時間早い時間を伝えておきました。約束の時間の1時間後にコートでお待ちしてます"…だそうです」
うへ、とじゅさくんが笑い半分で顔を顰めた。
「相変わらずやね…柳、怒っとらんかった?」
その言葉すらも見越した柳くんからの伝言に思わず笑ってしまう。
「実はもう一つ伝言がありまして。"怒っていないのでしっかり準備をして来てください"ですって」
参りました、とじゅさくんが緩やかに両手を上げた。
「立海の参謀さんは怖いわホンマ…」
「心強い後輩じゃないですか」
「せやね」
柳くんから聞いた話では、本来の約束の時間まではあと数十分程ある。
それだけあれば、準備は出来るし軽くならウォーミングアップも出来るだろう。
「名前ちゃんを寄越したのも計算のうちなんやろなぁ…」
ため息混じりにふと零された言葉に隣を見上げれば、こっちの話やから気にせんといて、と苦笑を返された。
* * *
「じゃあ、自主練頑張ってくださいね」
宿舎に着き、じゅさくんに背を向けようとした私を今度はじゅさくんが、待って待って、と止めた。
「ちょっとだけ一緒に来てくれへん?」
「?はい」
特に予定もなかったので即頷き、一度彼の自室へ。
入口で待っているように言われて待っていれば、すぐにラケットバッグを背負ったじゅさくんが出てくる。
それからロビーに設置された自販機の前まで来ると、
「名前ちゃんのオススメ、どれ?」
やっぱココアなん?と笑うじゅさくんに、ココアも好きですけど、と桃の紅茶を指差した。
「最近これにハマってて」
「へぇ、美味しそうやね」
「そんなに甘くないし、スッキリしてるので美味しいですよ」
ピッ、とじゅさくんの指が桃の紅茶の下のボタンを押し、スマホを自販機にかざした。
オススメしたものをすぐに飲んでくれるのは嬉しいものだ。
「はい」
と思えば、下口から取り出したそれを迷うことなく私に差し出してきた。
「え、」
「起こしに来てくれたお礼、まだしとらんかったやろ?」
戸惑う私に、ええから、とペットボトルを渡し、再度同じものを購入したじゅさくん。
「なんやかっこ悪いとこ見せてもうたから、少しは先輩らしい事しよかなって…」
はは、と照れたようにペットボトルを取り出しながら言うじゅさくんに、私の胸がとくりと鳴る。
なんて言うんだろう、先輩らしいというか、むしろ可愛いと思ってしまったのは内緒にしておこう…
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、むしろこっちの言葉やて」
お陰で柳を怒らせずに済んだわ、と心底ほっとしたように笑った。
「名前ちゃんはこの後何かしよるん?」
「いえ、特に何も…?」
「ほなら、ウォーミングアップにも付き合うてくれへんかな…足抑えたり、背中押してくれたら助かるんやけど…」
「勿論です!私に務まるか分からないですけど」
「めっちゃ助かるわ、おおきに」
ペットボトルを片手に、2人並んでまた外に出る。
ついでに恐る恐るその後の自主練も見学していていいかと聞けば、ええの!?と笑顔で頷いてくれた。
立海中の皆に混ざって楽しそうにボールを打つじゅさくんを、買って貰った桃の紅茶を飲みながら少し離れた所で眺める。
コート横のベンチにはいつものスポーツドリンクではなく、私の手にあるものと同じペットボトルがそっと置かれている。
視線をじゅさくんに戻した時、ふと彼の背中に、風に靡く黄色いジャージの影を見たような気がした。
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