ファンサ体験 前編
聞き覚えのある声とフレーズに顔を向けると、中学生数人が見ていたテレビに馴染みのある顔が映っていた。
おっ、君島さんじゃん!と明るい声を上げるのは、丁度テレビを見ていた丸井くんとその他数名。
最後に投げキスと共にパチリとウインクをした君島さんを映し、テレビは次のCMへと切り替わった。
君島さんは普段もキラキラしているけれど、画面越しに見ると更にザ・芸能人みたいな感じでキラキラオーラが増して見える。
「最近よー見るなぁ、アレ」
私と同じようにテレビへ顔を向けていた修さんが言った。
「コラビタですよね。この前君島さんからひとケース頂いちゃいました」
「え、ズルない?」
「えっ、修さん貰ってないんですか?」
「貰ってへんなぁ。竜次は?もろた?」
「いや、貰ってねぇな。アイツのことだし、名前だけだろ」
おっと…?
たくさん貰ったから、って言ってたからてっきり他の皆にもあげたものだと…
「後でおすそ分けしましょうか…?」
「俺は遠慮しとくわ。君島にバレたらドヤされそうだし」
「えぇ?俺は貰おかな〜」
知らねぇぞ、と白い目を向ける竜さんに、修さんは楽しそうにへらりと笑った。
「なな、名前」
「はい?」
私がしっかりと自身を視界に映したのを確認した修さんは、チュ、と小さなリップ音を立てて投げキスをして、それからパチリと綺麗なウインク。
どきりと心臓が音を立てた。
「ど?」
「え、っと……君島さんの真似ですか…?」
「は、それだけかいな…」
「いや、その、」
修さんは、もっとこう、なぁー?と残念そうに頭の後ろで腕を組み、ソファに深くその身を沈めた。
ど?って言われても、正直こんな不意打ちでやられたらどうしようもないのですが。
いやめちゃくちゃ似合ってますよ、完璧でした、反応に困るくらいに、はい。
「そこはこう、かっこいいです〜とか、惚れちゃいました〜とかないん?なぁ?」
「え゙っ…に、似合ってました、ね…」
何とか絞り出した言葉にも修さんは溜息を重ね、その横には相変わらず呆れた様子のジト目の竜さん。
かっこいいとは思います、惚れる…のは分かりませんけど、ドキッとはしました、でもそれを言葉にするのは普通に恥ずかしいものなので、すみません。
「な、竜次もやってや」
「やらねーよ…第一ンなガラじゃねぇし」
「想像出来へんから見てみたいモンやんか〜」
「やらねェっつってんだろ…」
名前も見たいやろ、と私を味方につけようとする修さんにそろりと竜さんを伺えば、ものすごく嫌そうな顔をされた。
「めちゃくちゃ嫌そうなんですが…」
仕方なさそうに肩を竦めた修さんの視線が竜さんからまた私に戻り、にまりと目が細められ…おっとこれは嫌な予感が、
「ほいじゃあ名前、竜次の代わりにやってや」
「うっ…!?」
「お前な…」
渋る私に、ええやんか〜、と笑顔を向ける修さんが僅かに頭を持ち上げ、おっ、と明るい声を上げた。
「サンサ〜ン!丁度ええとこに!」
振り返る私達の視線の先で、修さんによってかけられた声に気付いた君島さんがこちらに向かって歩いてくる。
私と君島さんの目が合い、少し片眉を上げた君島さんが小さく息を吐きながらゆるりと修さんを見下ろした。
「…種ヶ島くん、貴方また名前を困らせているようですが?」
「またって人聞きの悪い、ちょ〜っとお願いしとっただけやん?なぁ、名前」
「お願い?」
怪訝そうな君島さんが私をちらりと見て、それからまた修さんへ。
「せや。なぁサンサン、名前にピッタリのファンサ、レクチャーしたってや」
「え!?修さん何を…!?」
慌てる私を他所に、ファンサ、ですか…?と、怪訝そうだった君島さんの顔が僅かに崩れた。
「いやっ、大丈夫です…!間に合ってます…!」
「交渉材料は、レクチャーしたての名前からのファンサ、でどや?」
「修さん!?」
ばっと見上げる先で君島さんは少し思案し、やがてにこりと綺麗な微笑みを作り、
「そういう事でしたら、いいでしょう」
「君島さん!!?」
何を言っているんですか!?
私が動き出す暇もなく、君島さんがソファに座る私の隣にすとんと腰掛けた。
こっちには君島さん、反対側には修さん、…に、逃げられない…
竜さん助け…あ、だめだ諦めろって顔してる…
「画面越しでも遠距離でもない、対面でのファンサとするなら…」
「い、いや、あの」
私の言葉を遮るように向けられた、芸能人オーラを纏う笑み。
至近距離のそれに、言葉も思考もすぐに引っ込んだ。
「…さぁ、このハートをしっかり見ていてくださいね」
そう言って君島さんは自身の顔のすぐ側で綺麗な指ハートを作り、自然と私の目は言葉通りそれに引き寄せられていく。
ちゅ、と可愛い音を立てて君島さんがその指ハートにキスをしたかと思えば、
「僕の心が、キミに届きますように」
キラキラ笑顔と共に、ふに、と私の下唇に指ハートを型どった人差し指の背が軽く触れた。
ボフン、と頭から音が出たんじゃないかと、どこか思考の端の方で俯瞰していた自分が冷静な判断を下す。
だけど本体はそんな冷静でいられるはずも無く、訳が分からないまま思考が停止してえっと今私は何をしているんでしょうか。
「おや、少し刺激が強かったでしょうか」
「少しどころじゃねぇし…」
「え、めっちゃええやんそれ。今度真似しよかな」
「やめてやれや…名前の身がもたねぇだろ…」
名前、という呼び掛けと共にひらりと視界を横切るそれはどうやら君島さんの掌のようで、徐々に我に返りながら嫌でも視界に入る君島さんの指先に、都合よく消えてくれなかった先程の記憶が鮮明に蘇ってくる。
「ひぇ、ぁ、い…」
「これはダメそうですね。別のものにしましょうか」
楽しそうですね…!?なんてツッコミは頭に浮かぶのに、言葉が出てこない。
「名前」
「ふぁい!?」
自分でも大袈裟だと思う程に肩が跳ね、君島さんが笑う。
ひぃぃ恥ずかしい…!!
「少し耳を貸してください」
「ぇ…あ、ハイ…」
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