ファンサ体験 後編
「ホントにやるんですか…」
「ええ、そういう交渉の上でのレクチャーですから」
私の意思は!?どこ!?
なんて言えるはずもなく、歳上ってズルくないですか…!?
「まずはお試しで種ヶ島くんと大曲くん、どちらにします?」
「え、勿論俺やろ?」
「…好きにしろし」
「もう、誰でもいいです…」
ほんなら俺やな!と修さんがズイっと私の方へと身を乗り出してきて、僅かに私の体が反対側へと逸れた。
けれどそれは反対側にいた君島さんによって押し戻されてしまい、
「ファンサなんですから、しっかり相手を大切にしないとダメでしょう?」
「うぅ…」
さ、と君島さんに背を押され、仕方なく修さんに向き直れば目の前にはにんまり笑顔の修さんがいる。
…やりにくい……というよりなんで一般人の私がこんなことをする羽目に…え、ホントにやらないとダメですか…?
「大丈夫ですよ、素のままの貴女でいれば。…補正もあるでしょうし」
「ほ、補正…?」
「いえ、なんでも」
真後ろから聞こえる声に振り返ろうとするが、肩口に置かれた手によって阻止されてしまった。
ぽん、と肩を軽く叩いた手が離れていく。
……はぁぁ…やります、やりましょう…ここまで来たらもう今更やりませんなんて言えるわけもない。
「…修さん」
「んん?」
君島さんの耳打ちによって伝授されたのは、思っていたよりもシンプルで簡単なもの。
簡単なもの、ではあるけれど、心身的には簡単じゃないんですけどね…
「ここで、ハートを作ってください…」
まずは私がお手本のように自分の左胸の前で両手でハート型を作って見せれば、修さんはすぐに同じように彼の左胸の前で両手でハートを型どった。
「これでええ?」
「そのままにしといてくださいね」
私の言葉通りそのままじっとしてくれている修さんに、私はお手本として作っていたハートを解いた。
右手の親指と人差し指で銃の形を作り、それから気合を入れる一呼吸を挟んで人差し指の先に、ちゅ、と軽く唇を当て、型どられた小麦色のハートに狙いを定めて、
「ばんっ」
……、静寂がじわじわと私の体を熱くしていく。
「………」
ハートを型どったまま固まる修さん。
その後ろで、ほォ〜…と目を細めた竜さんが低く唸る。
やっぱりダメです無理です私が恥ずかしいだけですこれ、と君島さんに助けを求めようとした時、私よりも先に修さんが動き出した。
と言っても、両手はハートを作ったままのろのろと竜さんの方へ徐々に振り返っていく修さんは正直シュールである。
「……なぁ竜次、これって脈アリってことやんな」
「キメェからソレこっちに向けんなし」
「脈アリどころか、ちゃうやんな」
「現実見ろや」
なるほどこれがファンサ…
私のは紛い物だけど、本職の方々は今有難いことに修さんが私のそれに乗ってくれたように、こうしてファンの皆様を本当に虜にしているのだろう。
勿論君島さんも。
「…君島さんて凄いですね」
「何がです?」
「いや、修さんは私のためにああやって乗ってくれましたけど、君島さんは本当にファンの皆さんを虜にしているんだろうなと…」
「成程、名前にはアレが乗ってくれたように見えている訳ですか」
「え、違うんですか?」
「…ふふ、いえ、種ヶ島くんが上手く乗ってくれたようで良かったですね」
「本当に、私の心が助かりました…」
大曲くんもどうです?と、君島さんが私と修さん越しに竜さんに笑みを向けた。
竜さんは大して興味ないと思うけど…という私の予想とは裏腹に、あー、という小さな呟きの後に、
「ま、折角だしな」
「うん!?」
修二そこ代われ、と竜さんは立ち上がり、楽しげに後ろにずれた修さんと私との間にどさりと座った。
え、え、ほんとにですか竜さん…?
身体を固くした私に竜さんはニヒルな笑みを浮かべ、ほらよ、と両手の人差し指と親指で控えめなハートを作る。
「うわ、竜次のハートとかめっずらしーモン見たわ」
「うるせぇよ。おら名前、早くしろし」
「うぇ、え…」
やらないわけにはいかないだろう。
覚悟を決めて、また指先に申し訳程度に口を寄せてから竜さんが型どるハートに指先を向けた。
「ばん…っ」
うぐぐ…恥ずかしい…
数秒私の様子を面白そうに眺めていた竜さんはどこか満足気にふっと息をついてハートを解き、それから私がしたように右手で銃の形を作ったかと思えば、つん、と額に当てられたその指先。
「バン。…お返しだ」
「!!?」
驚きに目を見開く私に僅かに口端を上げ、竜さんはまた立ち上がって修さんの肩をこちらに押すように叩いた。
場所を入れ替るように座り直した修さんが竜さんを振り返り、ひゅう、と口笛を吹く。
「やるやん?惚れるわぁ」
「うるせぇ」
物凄く顔が熱いのですが。
意外に意外が重なって最早呆然なんですが。
固まったままの私の後ろからクスクスと含んだ笑いが聞こえ、さて、と君島さんの声。
振り返れば相も変わらず綺麗な笑みと、自身の胸の前でお手本のような綺麗なハート型を作った君島さんがいた。
「レクチャーも終わったことですし、貴女の愛、私にも頂けますか?」
「う、」
たじろぐ私に、変わらず向けられるキラキラ笑顔。
「…そういうお話でしたもんね…やらせていただきます…」
いやそもそも修さんのせいで……いや、もうどうにでもなれ…
修さんと竜さんを練習台(?)にさせてもらったお陰か、行為自体への先程までの恥ずかしさは少し緩和されたけれど、本職の人にやるのにはまた違った緊張が…
ふー、と心を落ち着かせて、修さんにやったのと同じように指先に唇をつけてから、ばんっ、と想像上の引き金を引いた。
「ど、どうでしょうか…」
恐る恐る聞けば、君島さんはどこか思案げに顎に手を添え、
「…やはり一番最初に見せてもらうべきでしたね」
「へ…?」
「一番最初の恥じらいが、いかにも名前らしい可愛らしさを引き立てていたものですから」
「へえっ…!?」
「ふふ、本当に貴女は、素直な良い表情を見せてくれるものですね」
「え、え、す、すみません…?」
謝る必要は全くありませんよ、と君島さんが可笑しそうに言った。
穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう。
では、と君島さんが立ち上がり、私達の視線がそれを追う。
「良いものも見せて頂きましたし、私はこれで」
にこりと微笑みを見せてから君島さんは優雅に立ち去って行った。
慌てて会釈を返してそれを見送っていると、ずしりと肩に馴染みのある熱と重さが乗る。
「ほな、俺らもそろそろ次行こか〜」
「は?次…?」
「部屋でトランプでもせぇへん?」
「ト、トランプですか…?」
修さんによって流されるまま、竜さんと私はソファから体を持ち上げた。
「負けた奴はオリジナルのファンサっちゅーことで☆」
「ぇえ!?」
「お前しか得ねぇだろそれ…」
ええや〜ん、と明るい修さんに背を押されながら私と竜さんはちらりと目線を送り合い、どちらからともなく諦めのため息を零した。
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