忘れ物


ランドリーボックスを抱え直し、壁一面にずらりと並ぶ洗濯乾燥機のうち空いていた一つの扉を開けた。


「あれ…?」


洗濯物を放り込もうとしていた手を止め、そっと洗濯乾燥機の中へ手を伸ばした。
中から拾い出したタオルはまだほんのりと温かい。
すぐに、先程挨拶を交わしつつすれ違った大和さんの姿が浮かんだ。
大和さんも私と同じくランドリーボックスを抱えていたし、すれ違ったということはここから出て行ったばかりのはず。
きっとこのタオルが残っていたのに気付かずに置いていってしまったのだろう。

ランドリールームには一応、こういった忘れ物を入れておく専用のボックスがあるが、それは持ち主が不明な場合。
確証はないけれど、このタオルが大和さんの物かもしれないという可能性があるのらば、一度大和さんに聞いてみるのはアリかもしれない。
違ったらまたここに戻ってきて、忘れ物ボックスに入れておけばいいんだし。

少し悩んで、一旦自分の洗濯物を片付けてしまうことにした。
持ってきた柔軟剤と共に洗濯乾燥機に入れ、ボタンを押せばすぐに衣類が水に濡れていく。
折り畳んだランドリーボックスの持ち手を扉の上のフックに引っ掛け、大和さんのものであろうタオルを片手にランドリールームを出た。


「あの、大和さん見てませんか?」


…誰かに出会う度にこうして声をかけるのも何度目だろうか。
最初は大和さんの自室に行ったが留守のようで、ならば探しに行こうと出歩くもこぞって見ていないと返答し、その度にお互い日本人特有の謝罪のようなものを口にする。
大和さん、どこに行ったんだろう…
今回の相手はリョーガくんではないけれど、またまたかくれんぼで鬼をしている気分だ。


「ごめん2人共、大和さん見てない…?」


たった今ダメ元で尋ねた青学の手塚くんと不二くんにも同じような返事をされたが、ふと手塚くんが自身の顎に手を添えて視線を落とした。
もしかしたら医務室にいるかもしれない、と手塚くんが言う。


「え、医務室?怪我でもしてるの…?」


私の問いに手塚くんは首を振り、不二くんも納得したように頷いた。
どうやら大和さんは中学の時に保健委員だったそうで、その名残か今もたまに医務室で手伝いやら普段の個人ミニ救急セットの補充なんかをしているらしい。
そう言えば大和さん、たまに救急セット持ってたな、と何度か遠目に見た事のある姿を思い出した。

青学の2人にお礼を言って、早速医務室に向かった。
これでいなかったら最終手段として、後で袋に入れて大和さんの部屋のドアノブに提げておこう。
コンコンと医務室のドアをノックすると、男性の"はい"という声がドア越しに少し曇った音で返ってくる。
もしかしたら…!と期待半分でドアを開ければ、


「あぁ、名前さんでしたか。先程ぶりですね」


お目当ての人物である大和さんが、開かれた救急セットの前に座ってこちらに朗らかな顔を向けていた。


「医務室に用ですか?」
「大和さん!やっと見つけましたぁ…!」


言葉を遮るようになってしまったが、それより彼を見つけられたことにホッとしながら近づく私に、大和さんはきょとんと目を瞬かせた。


「ボクに用でしょうか?…おや、そのタオルは」


大和さんの目が私の手元に落ち、僅かに目が開く。


「やっぱりこれ、大和さんのですよね?」


洗濯機の中に忘れてましたよ、と言いながらタオルを差し出すと、すみません、と申し訳なさそうに大和さんがそれを受け取った。


「わざわざボクを探しに来てくれたんですね。大変だったでしょう?」
「中々大和さんを見たって人がいなくて…でも、かくれんぼみたいでちょっと楽しかったですよ」
「かくれんぼ、ですか…」


ふふ、と大和さんが笑う。
それからパタリと救急セットの蓋を閉め、ひょいと持ち上げながら立ち上がった。


「折角なら、次はちゃんとかくれんぼしましょうか」
「えっ?」
「いつも越前君としているでしょう?あれ、実は少し楽しそうだなぁと思ってまして」


あ、お兄さんの方です、と大和さんは普通に補足をするけれど、


「え、いやっ、あれはかくれんぼというか…」
「あれ?違うんですか?この前越前君はハッキリ"かくれんぼ"だと楽しそうに話してましたよ」
「えぇ!?」


いやまぁかくれんぼと言えばかくれんぼだし、私も半分くらいはその認識ではあるけれども…


「さ、流石に大和さんは練習をサボったりは…?」
「…もしもボクが練習をサボったら、名前さんが探しに来てくれますか?」
「え!?」
「あはは、冗談ですよ」


流石にサボりません、後輩も見てますし、と大和さんが笑う。
ほっとする反面、この人の冗談は本当に冗談なのかと疑い半分。
大和さんは優しくて話しやすい人ではあるけれど、やっぱりどこか掴みどころのない雰囲気は拭えない。
彼の言葉のどれが本気でどれが冗談なのか、いまいち掴めないでいる。


「名前さんはこの後またランドリーに戻るんですか?」
「っあ、はい、洗濯物を回収してから夕食に行こうかと」
「そうでしたか。夕食は1番コートの彼らと?」
「いえ、特に約束はしてませんけど…?」
「でしたら、良ければご一緒してもいいですか?」
「え、いいんですか?是非!」


これは大和さんを更に知るチャンスだ!
頬を緩め気合を入れる私に大和さんは、良かった、と肩を下ろした。


「どうやら今日は先手を打てたようですね」
「先手…?」
「いえ、こちらの話です」


さ、とりあえずランドリーまで行きましょうか。
にこやかな大和さんが私を追い越しドアへと向かう。


「えっ、でも大和さんランドリーはもう…」
「目を離した隙に、取られてしまうかもしれませんから」
「…?」
「タオルのお礼もありますし、荷物持ちにどうです?」


それは流石に…!?と慌てて後を追う私の前で大和さんが医務室のドアを開け、どうぞ、とドアを開けたまま片手を外へと向けた。
紳士な彼にあわあわと頭を下げ、廊下に出る。


「一度救急セットを置きに自室に寄りたいんですが、少し遠回りしても構いませんか?」
「大丈夫です!」


目指すはまず大和さんの自室。
それからランドリーで回収した洗濯物を私の自室に置いて、最終目的地はレストラン。
私は必死に断ったけれど、ほかほかと温かな空気を纏う私のランドリーボックスは結局、ランドリールームから私の自室までずっと大和さんの腕にしっかりと抱えられていたのでした。


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