月と誤解


有難いことに三人分の飲み物を買いに行ってくれたじゅさくんを待ちながら、休憩室でツキさんとまったりしていた。
ここにいる選手達はそれはもう、何を食べたらそうなるのってくらい背が高いんだけど、ツキさんは別格である。
220cmオーバーだもんな…私の約1.5倍だ。
たとえ座ってても、こっちも一緒に座っていると勿論いつも通り結構首を上に向けないとその顔にまで視線が届かない。
多分ツキさんはそれを分かってて、普段から数歩引いた所で私と会話をしてくれる。
けどツキさん、あまり声を張る人じゃないからたまに聞き逃しちゃうんだよね…


「…どうした?」
「ツキさんは座ってても大きいなぁと…」


考える素振りを見せたツキさんは、何も言わずにふいに体を浮かせた。


「ち、違います!離れろってことじゃなくて…!!」


もっと声が聞こえなくなっちゃうのでそれだけはあああ…!
そうか、と改めて同じ場所に身を沈めたツキさんは、また少し考えてから口を開いた。


「そんなに見上げようとしなくていい。顔を合わせずとも会話は出来る」
「んん…でもやっぱり、話す時は目を見てしっかりと!ですから」


それに、ふとした時に合うツキさんの目はめちゃくちゃ綺麗なのだ。
普段前髪で隠れているのが勿体ないくらいに彼の目は綺麗な青色。
いつもすぐに目を逸らされちゃうから、本音を言えば至近距離でじっくり見たいけど流石に言えないからなぁ。


「…名前は、不思議だな」
「え?何がですか?」
「俺の目を怖がらない」
「?怖くないですよ?めっちゃ綺麗じゃないですか」


やはり不思議だな、とツキさんの顔から僅かに力が抜けた。
あれ、これ、今ならいけるのでは…?


「あ、あの…!」
「どうした」
「ツキさんの目、じっくり見てもいいでしょうか…!」


驚いたのか引かれたのか、ほんの僅かに頭を動かしたツキさんはじっと私を見下ろしていて。


「すみませんなんでもないです忘れてください!!」


ひええ恥ずかしい…引かれた、絶対引かれた…!
顔を覆った私に届く、好きにしたらいい、とのお言葉。
え?今、なんて…?


「え、それは…その…?」
「見たいなら見ればいい」


そう言って片手で前髪をかき上げたツキさんは、その綺麗な顔が公になって、ひぃ、かっこいい、目ぇ綺麗、ひぃ。


「ち、近くで見てもよろしいでしょうか…!」
「あぁ」


立ち上がっておずおずとツキさんの正面にまわれば、いつもは見上げていたツキさんが少し下にいる。
新鮮だ…!
前に倒れ込まない程度に腰を曲げ、そっとツキさんの目を覗き込んだ。


「……やっぱり、綺麗ですね…」
「…そうか」


深くもなく、浅くもなく、透き通っているようで底が見えない、吸い込まれそうな青。
彼の名前のように、この目に三日月を浮かべたらもはや一つの作品になるのではと思ってしまう。
じっと動かないでいてくれるツキさんに甘えてずっと見ていたいけど、流石にむしろ逆になんだかこっちが恥ずかしくなってきた。
言ってしまえば凄く顔の整った男の人と見つめ合ってるってことだよね?あ、だめだ、そう考えたら心臓が爆発しそう。

お礼を言って離れようとした時、


「え!?何しとるん!?」
「!?っわ、」


後ろから聞こえた第三者の声に思わず体が揺れ、バランスを失った体が前へと傾いていく。
ちょ、待って、前にはツキさんが、


「あぶな…!?」


ぎゅっと目を瞑った私を、ぽすりと何かが包んだ。


「大丈夫か」


至近距離から聞こえた声に顔を上げれば、少し乱れた前髪の隙間から綺麗な青が……うわ、めっちゃ綺麗……じゃなくて!!


「ごめんなさいすみませんんんん!!」
「さして問題は無い。気にするな」


慌てて離れた私と、さらりと前髪を直すツキさんの元へ、元凶がばたばたと近づいて来る。


「えっ、ちょ、な、何です!?何がどないなってああなって…!」
「落ち着け毛利」
「おおお落ち着ける思います!?」
「今のお前には無理だろうな」


買ってきたばかりの飲み物を抱えたままあわあわと私とツキさんへ交互に視線を送るじゅさくんに、逆にこっちの心臓が落ち着いてきたのは有難いかもしれない。


「名前ちゃん…!?」
「いや、あの、ツキさんに目を見せてもらっていただけで…」
「め、…へ?…目…?」
「目、です。ツキさんの」


少しの間ぱちぱちと瞬きを繰り返したじゅさくんは、な、なんやもう…と大きく息を吐き、未だ飲み物を抱えたまま私の隣に倒れ込むようにどさりと座った。
反動でぐらりと体が揺れる。


「落ち着いたか」
「多少は…」


はぁ〜…と、また大きく息を吐きながら、やっとのろのろと机に飲み物を並べていく。
…あ、私の好きなホットココアだ。


「ココア、ありがとうございます」
「ん?あぁ、ええよええよ…」


くたりと疲れたように笑ったじゅさくんが二本あるうちの片方のポカリに手を伸ばし、ごくりと大きく一口飲んだ。


「っはぁ〜〜…」


なんかめっちゃため息みたいなの連発してますけど、大丈夫ですか…


「心臓に悪いわホンマ…」
「な、なんかすみません…誤解させてしまったみたいで…」
「あーいや、俺が早とちりしただけやから。気にせんといて」


ぽんぽんと頭を撫で、じゅさくんはまたペットボトルを傾けた。
…ツキさんも大きいけど、じゅさくんもじゅさくんで大きいんだよなぁ。
しかも真隣にいるから首が。


「じゅさくんも大っきいですよねぇ」
「んぶっ!?」
「え!?大丈夫ですか!?」


袖で口元を覆いごほごほと咳き込むじゅさくんの背中を擦れば、咳に混ざってよく分からない言葉が途切れ途切れに出てくる。
すみません、なんて言ってるかよく分かりません…


「…毛利」
「っ、い、今のは…!げほっ…ふ、不可抗力とっ、ちゃいます…っ!?」
「なんか変なこと言いました!?」
「名前は何も変なことは言っていない」
「え?え?」


身長だ、とツキさんに言われたじゅさくんは先程よりも疲れたように、あぁぁ、と唸るような声を上げた。
だ、大丈夫ですか…


「名前、ココアが冷めるぞ」
「あっ、いただきます」


ちびちびとココアを飲みながら、隣で未だに咳き込みながら顔を覆うじゅさくんをちらりと見れば、気にしなくていい、とツキさんがもう一本のポカリへと手を伸ばした。


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