小麦色
コート内での業務が一段落し、少し小高い丘の上の木の根元に身を隠すように座って見下ろすのは、眼下に広がるコート郡。
そこでは、赤、白、黒のU17のジャージを着た選手達が小さな黄色い球を追ってコートを駆け回り、真剣に、それでいて楽しそうに攻防戦を繰り広げている。
私の大好きな時間の一つだ。
運動とは縁のなかった私だったが、彼らを見ていると、学校でもどこかの運動部のマネージャーをしていたら良かったなぁなんて思えてくる。
常に上を見て走り続ける彼らは、特に、テニスをしている時の彼らは、それはもうキラキラと輝いて見えた。
たまにとんでもない球を打ったり、とんでもない脚力や腕力を見せてくるから、正直最初は彼らは本当に人間なの…?なんて思ったりもしたけれど、それももう今では見慣れた光景ということに無理矢理している。
ちなみになんで身を隠してるかというと、上からガッツリ見てて変に気にされたら嫌だから。
彼らにとっては、さして問題は無い、のかもしれないけど、出来るだけ彼らの邪魔にならないようにと、普段からこっそり見守るように覗き見ているのだ。
傍から見たらやってることがストーカーみたいだとは思うけど、もう気にしないことにした。
ちなみにこれも立派な業務の一つだからね!
決してサボって眺めてる訳では無い、決して。
あー、金ちゃんは相変わらず元気だなぁ、めっちゃ楽しそう。
桃くん…また派手にダイブして…怪我したらどうするんだ…
お、今日の向日くんは調子が良さそうだ、何か良い事でもあったのかな。
…わぁ…ツキさん、相変わらず凄いサーブだなぁ…
あああアツさん!?あんまり危ない球は…!!
………あれ?
ふと、目線がコート郡の端から端までをキョロキョロと動いた。
修さんがいない…?
新しいドリンクとタオルを運んだ時はいたのに…
「またセグウェイでお散歩かなぁ…」
「乗りたいなら乗せたるで」
「ひょえ!?」
独り言に返事が返ってくるとは思わず、びくりと肩を揺らして振り返ればケタケタと笑う修さんon theセグウェイ。
「なんでこんな所に…!?」
「そろそろ名前がここに来る時間やなー思て」
「いやいやいや!練習してくださいよ!?何してるんですか!」
「さっきまでしとったやんか。休憩や、休憩」
「えぇぇ…」
竜さん達にはちゃんと伝えたんでしょうね…?
「ほんで?」
セグウェイから降りた修さんが私の隣にしゃがみ、こてりと首を傾げて上目で見上げるように顔を覗き込んでくる。
世間ではこれをあざといとか言うんだろう。
本当にそれすぎて心臓に悪い。
「な、なんですか…?」
「なんや、俺の事考えてくれとったんちゃうん?」
疑問形ではあるものの、その顔はしっかりと確信をついている自信に溢れたもの。
言い方にひっかかりはあるが、違うと言えば嘘にはなってしまう。
何て返そうか悩んでいるうちに、当たりやろ、と更に修さんの顔が近づいてきた。
「ち、近いっ、近いです…!!」
慌てて体を引いた私に、修さんはさも不思議そうにぱちくりと瞬きをした。
「そんなん、普段はもっと近いやん。ほぼゼロ距離やで?」
「そっ…それは…いつもは修さん、後ろにいるので…!」
普段は後ろからのしかかられてるので!
近いけど面と向かってないので!
顔が見えてないので!
まだなんとか耐えられているんです!!
「…ほ〜ん?」
にま、と笑う顔に嫌な汗が背中を伝う。
私が体を引いて立ち上がろうとするよりも早く、修さんの両手が肩に置かれた。
「修さん!?」
とん、と背中が木に当たり、私の両足を跨いで膝立ちになった修さんがぐっと体を倒してくる。
「んん〜?」
「ちちちち近い近い近い近い…!!!」
俯くように顔を逸らしながら慌てて修さんの胸辺りを押しても、修さんは引くどころか更に力を込めてくる始末。
ど、どうしよう何これ何これ近い、ただ近い、綺麗な顔が近い…!
「あっはは!耳真っ赤やで〜?」
「あ、遊んでます…!?離れてください…!」
「い〜や☆」
こっち向きや〜、これも慣れたらええや〜ん、と、そう簡単に言われましても…!!
ばくばくと煩く鳴る全身に邪魔をされ、思考回路がまともに働かない。
「しゅ、しゅ修さん絶対自分が顔整ってるの知ってますよね!?かっこいいの知ってますよね!!?」
「え、何?急に褒めてくれるやんおおきに」
「無理っ、無理です!顔面アップ、無理です、無理…!!」
「えぇ…それはそれで傷付くんやけど…」
ほいじゃあ、と片方の肩の重みが消え、少し強く顎元が攫われていく。
こつり、とぶつかったのは私と修さんの額、で…
「はよ慣れてな?」
視界を埋めつくした、悪戯っぽそうな優しい小麦色。
あ、無理。
「ぴぃ…」
「…え、ちょ、名前?」
「む…むりぃ、む、…ひぇ……」
「おおい名前ー!?帰ってこーい!?」
あぁ…体が揺れるぅ…
「種ヶ島さん…?ここで何を…」
誰かの声がするぅ…
「お、徳川やん」
「!っな、彼女に何をしたんですか…!」
「ちょいからかって遊んどったら目ぇ回してもうたわ」
「貴方という人はまた…!!」
苗字さん、大丈夫か、という誰かの呼びかけに薄らと目を開けば、目の前には修さんじゃない綺麗な顔が…徳川さんの、クールビューティなお顔、が……
「ぴぇ」
「苗字さん!?」
「これでお前も同罪やな☆」
「な、何の話ですか…!?苗字さん!大丈夫か、苗字さん!」
……その後、気づけば医務室で心配そうな十兄さんと奏多さんと徳川さんに囲まれていた。
その時は一緒にいたはずの修さんはいなかったけど、後々物凄く上機嫌そうな修さんとエンカウントした時は光の速さで十兄さんの背中に隠れさせて頂きました。
back