イメチェン?


「アツさん!」
「断る!」
「まだ何も言ってないじゃないですか!?」


練習が終わったと同時に遠野さんに駆け寄る名前ちゃんと、それに見向きもせずスタスタと歩いていく遠野さん。
名前ちゃんはそんな遠野さんを、待ってくださいー!と必死に追いかけていく。


「あの…アレなんです?」


思わず二人を指さした俺に、事細かな事情を教えてくれたのは種ヶ島さんと君さんだった。


「はぇ〜、遠野さんのハーフアップ、なぁ…」


なんでも昨日、練習中に遠野さんが後ろ髪をかき上げたのを見てから、ああしてずっと追いかけっこが続いているらしい。
名前ちゃんの目的は言葉の通り、遠野さんの髪をハーフアップにするため、なんだとか。
とは言っても結局遠野さん、立ち止まって名前ちゃんと会話しとるやないですか…


「ええよなぁアツ。俺も名前に追いかけられたいわ」
「ならまずは身の振り方を改善したらどうです?」
「マジでそれな」
「うわサンサンも竜次も厳し」


にしても、と種ヶ島さんが視線を送る先では、相変わらず遠野さんから迷惑そうにあしらわれながらもめげない名前ちゃんがいて。


「あのアツにあそこまでグイグイいける女の子っておったんやなぁ」
「ま、名前だしな」
「名前ちゃん、月光さんの目も怖がらへんし…ねぇ、月光さん」
「あぁ」
「へぇ?良かったやん、ツッキー」
「…さしたる事では無い」


とか言うて〜?と月光さんにダル絡みする種ヶ島さんと、それをいつもの無表情でスルーする月光さんを他所に、また名前ちゃん達に視線を戻せば、ふと遠野さんと目が合った。
何故か俺を指さす遠野さん、そして、続いて名前ちゃんの視線もこちらに移り、その視線が何度か遠野さんと俺とを行き来して、数言言葉を交わしてから名前ちゃんがこちらに駆け寄って来る。


「じゅさくん!」
「ん?どないしたん?」
「髪結ばせてください!」


へ?
思わず漏れた声に、名前ちゃんのキラキラとした視線が突き刺さる。
ふと見た場所にはもう遠野さんはいなくて、上手いことダシに使われたなぁ、なんて。
でもま、俺は遠野さんとは違うてウェルカムなんやけど。


「ははっ、勿論ええよ。カッコよくしてな?」


そう言えば名前ちゃんの顔はぱあっと明るくなって、……やっぱ可愛ええなぁ。
任せてください!!と笑う名前ちゃんのこの笑顔が見られへんなんて、遠野さんも勿体ないことしよるわ、ほんまに。



* * *



風呂を済ませ、夕飯も終わらせて、俺達は休憩室に集まっていた。
椅子に座る俺の後ろで楽しそうにしている名前ちゃんの手には、俺のヘアブラシが握られている。


「では失礼します!」


するりと名前ちゃんの指が俺の髪に触れて、周りに先輩達がいるのも相まってなんだかドキドキしてしまう。
擽ったさと心地良さに揺られながらじっとしていること数分、名前ちゃんの、出来ました!という声で俺の目がぱちりと開いた。


「なんや心地良くて眠なったわ…」


くるりと名前ちゃんを振り返れば、ぴたりと動きを止めた名前ちゃんがじっと俺を凝視していて、


「名前ちゃん?どないしよったん?」
「か…」
「…か?」
「かっこ、よすぎませんか…」


ほんま?おおきに!
なんて言葉が出てくるよりも先に名前ちゃんから思いっきり視線を外してしまった。
あぁぁ、かっこわる…!


「ちょいちょいちょーい、二人の世界に入らんでもらってええか〜」
「ふっ、ふたっ、ちゃいます…!」
「どもりすぎだし…」


竜さん!と、名前ちゃんが新しいヘアゴムを持って、今度は大曲さんへと向き直る。
何も言わないそのキラキラとした顔を正面から受け、大曲さんは、はぁ、とため息をついた。


「しゃーねぇな…」
「ぃやったー!!」
「えぇ、竜次も?名前、俺もやってや」
「修さんは結べないじゃないですか…」


大曲さんの髪へ手を伸ばす名前ちゃんを横目に、俺も髪伸ばそかな…と呟く種ヶ島さん。
…髪長くて良かったわ。
そっと頭の後ろに手を持っていけば、少し高い位置でお団子になった俺の髪に指が触れた。
解くの勿体ないな…折角かっこいいって言うてもらえたのに…


「器用なものだな。似合っている」
「へへ、ありがとうございます、月光さん。解くん勿体なくなってまいましたわ」


やがて聞こえた名前ちゃんの完成の声に顔を上げれば、満足そうに大曲さんの後頭部を眺める名前ちゃん。
ハーフアップの俺とは違い、片側だけを耳にかけてサイドの低い位置で緩くお団子にまとめられたそれは、確かに大曲さんによく似合っている。
なんや、大人の色気っちゅーやつなんやろか。


「ひええ、竜さんもかっこいいですね…!?」
「あー…ありがとよ」


対応まで大人やないですか…見習わな…
てことで!と名前ちゃんの視線が向かったのは、今までずっと黙って様子を見ていただけの遠野さん。
うげ、と目元をひきつらせた遠野さんに臆することなく、ずんずんと進んでいった名前ちゃんに手を貸したのは君さんだった。


「っおい君島!!離せ…!」
「残念ながら私は名前の味方なので」
「ッテメェ…!」
「アツさん!今度世界の処刑方のお話聞きますから!」


ぴた、と遠野さんの動きが止まる。
そわそわと様子を伺う名前ちゃんをぎろりと睨み、好きにしやがれ、と舌打ちと共に吐き捨てるように言った。
チョロいなぁこの人…君さんも笑てますやん…
というよりホンマに嫌ならここに来なきゃええですやん…

名前ちゃんの手によって、遠野さんの髪は俺と似たようなハーフアップへとまとまっていく。
大曲さんの時は全部は見られへんかったけど、はぇー…器用やなぁ。


「ぅ、うぉぉ…アツさん超絶美人…」


遠野さんの髪もまとめ終えた名前ちゃんが絞り出すようにそう言いながら身を引き、俺達に並ぶように言った。
腕と足を組み動こうとしない遠野さんの両隣を挟むように、仕方なく俺と大曲さんが移動すれば、


「……やっといてなんですが……眼福です…」


ぎゅっと拳を握り、目を細めて名前ちゃんが笑う。
俺からしたらその顔の方が眼福なんやけど、……種ヶ島さんやったら軽く言えるんやろなぁ…


「その…名前ちゃん」
「はい!」


いつもなら普通に出来るのに、今日は逆に意識してしまって。
…手ぇ、震えてへんかな…


「カッコよくしてくれておおきに」


せめてこれだけは、と自分を勇気付けて名前ちゃんの頭へ手を伸ばせば、途端に名前ちゃんの顔が真っ赤になって、つられて俺まで熱くなってきて、…あぁあかん、しまらんわ、もう…


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