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そして、来たる4月期校内ランキング戦当日。
今日は珍しくいつもの交差点に国光がいなかった。
特に毎朝約束をして待ち合わせている訳では無いので、ちらりと一度彼が来るであろう路地を確認してから学校へと向かった。
彼のことだから遅刻は無いとして、まさかもうコートにいるのだろうか。
まぁ都大会出場がかかったランキング戦だから、皆もいつもよりいい意味でぴりぴりしているのだろう。
そんな私もランキング戦の日は朝からワクワクが止まらない。
彼らは今日、一体どんなプレイを見せてくれるのだろうか。
そしてそんな彼らに、リョーマはどこまで食らいついていくのだろう。
待ち遠しい気持ちを抑えきれないままテニスコートに向かう私の後ろから、軽やかな足音が聞こえた。
「名前センパ〜イ!!」
「桃!おはよ、早いねぇ」
はよざいます!と、桃がにかりと爽やかな笑顔を見せた。
「いやぁ待ちきれなくて!今日は一人なんスね?」
「うーん、置いていかれちゃった」
「えっ!?」
そもそも毎朝約束してる訳じゃないし、ただ毎日のようにあの交差点で偶然会ってるようなもので、どちらかがいなければちょっと様子を見てから一人で行く、みたいな感じで…
それとなく説明も付けて冗談だと笑えば、なんとも意外そうな顔をされた。
「ところで、足の調子はどう?」
「もうバッチリっす!色々世話になりました」
「ランキング戦に間に合って良かったね。次は気をつけなよ?」
「へへ、気をつけまーす」
一緒に歩いているうちに、彼は唐突にわざとらしく残念そうに、あ〜あ、と大きなため息をついた。
「越前と試合したかったなぁ〜」
「同じ部活なんだし、これからいつでも出来るじゃん」
「そうなんスけどぉー…やっぱランキング戦で当たりたいじゃないっスか」
桃の気持ちはわからなくも無い、が、こればかりは国光が決めたことだし仕方がない。
それにランキング戦はこれからも毎月あるのだ。
きっとそのうち試合が出来るよ、と慰め(?)の言葉を送れば、だといいんスけどねぇ、とため息混じりの返事が返ってきた。
「それよりも、今は今日のことだけ考えなさい。Bブロックだよね?」
「そっス。英二先輩が怖いけど、他の奴らには負けませんよ!」
「そこは、英二先輩にだって勝ってみせるぜ!じゃないの?」
「ウッ…勝ってみせるぜ…!!」
そう高らかに宣言した桃が、突然くるりと振り返った。
「俺が何だって〜?」
「え、えーじしぇんぱい…!?」
見れば、桃の頬に人差し指を突き刺した英二が、ひっかかった〜といたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「おはよ、英二」
「おっはよ〜」
へにゃりと笑った英二は桃の目の前に立ち塞がると、今度は自発的につんつんと桃の頬をつついた。
「俺は負けないよ〜だ!」
「お、俺だって負けませんから…!」
「んふふ、2人共頑張ってね」
「「おう!」」
二人と共にコートへ向かう。
まだ人は少ないが、いつもとは違う緊迫した雰囲気に、まるで試合前の時のようなゾクリとした緊張感が私を襲った。
いつだって思う。
この緊張感がたまらなく大好きだ。
「おはよ、2人共早いね…!」
部室前に既に用意されていた長机とパイプ椅子。
そこで備品の確認をしている秀と、机の向こう側にあるホワイトボードに本日の総当り表を貼っていた国光に声をかければ、二人からそれぞれ挨拶の返事が返ってくる。
「用意ありがとう、あとは私がやるよ。良かったら体動かしてきて」
「いや、もうほぼ終わっている」
「えっ、結構早く来たつもりだったんだけど…」
「先月は名前ちゃんにほとんど用意してもらっちゃったからね」
「だから国光今日いなかったのか…」
相変わらず義理堅い人達だなぁ。
マネージャーなのに、何もしない訳にもいかないんだけどな…
「名前、少し打ち合いに付き合ってくれないか」
総当り表を貼り終わった国光から、思いがけぬ言葉が出た。
「…私でいいの?」
「今日は練習がないからお前が球を打つ機会はない。だから……勿論、お前が良ければだが」
「それはいいけど、でも…」
何も準備を手伝わない訳にもいかずに秀をちらりと見れば、秀は優しく笑ってくれた。
「こっちは気にしないで。名前ちゃんも少しは打ちたいだろ?あとはスコア表を持ってくるだけだし、ランキング戦が始まったら一番忙しくなるのは名前ちゃんだしね」
少し迷ったけれど、やっぱり打ち合いをしたいのは確かだ。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
行ってらっしゃい、気をつけてね、と微笑む秀に見送られながら国光と共にコートへ向かおうとした時にはたと気づく。
やばい、ランキング戦の日はいつも打ってないから、今日も打たないと思って小さなリュックで来てしまった。
勿論ラケットはバッグごと家でお留守番だ。
「…ごめん国光、今日打たないと思って…」
「そう言えばそうだったな…」
国光がスっと私の前を横切り、自身のラケットバッグから予備のラケットを取り出し私へ差し出した。
「次回からはランキング戦の日も一応持って来てくれ」
「あい…お借りします…」
リョーマのならまだしも、他の人のラケットって緊張するな…
「遠慮はいらない。いつも通り使ってくれて構わない」
「う、ありがとう…」
そんなに顔に出ていただろうか。
「サポーターは?」
「してるよ、大丈夫」
借りたラケットの握り具合やガットの様子を確かめながら国光と共にコートに入れば、それまで打ち合いをしていた部員達の目が一瞬にして私達へと向けられた。
「皆めっちゃ見るじゃん…」
「気にするな」
そんなこと言われたって気になるものは気になる。
そりゃああの手塚部長とマネージャーである私のサシの打ち合いなんて、部活内じゃ滅多に無いし珍しいことこの上ないだろう。
まだ簡単な球出しをしている私しか見たことの無い1年生も、あいつ大丈夫か、みたいな若干心配の目でこちらを見ているようでなんとも言えない気持ちになる。
「俺は全部お前に返す。お前は好きに打ってくれ」
「分かった」
国光からボールを受け取り、互いに背を向けてコートの端と端に立ってから向かい合った。
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