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対面で構える国光に、さて、どう打ち出そうかと少し悩む。
ああそっか、国光も左利きだ。
バウンドさせていた球を握り、前方へとトスを上げた。
なんてったって今日はランキング戦。
私だって、火がついた部内の一員だ。
すぱん、とラケットを奮った。
私が打った球に国光は少し驚いたように目を開き、大きく右へと踏み込んでいく。
「えっ、部長、あんなに右に!?」
「どういうこと…?」
少し離れたところから恐らく1年生達の声が聞こえる。
好きに打てって言われたからね、遠慮なく打たせてもらいますよ。
バウンドした球は起動を変え、コートのサイドラインの方へと飛んでいく。
方々から驚きの声が聞こえるが、うーん、やっぱラケットに慣れないうちはいつもより角度が浅いや。
綺麗なバックハンドで返された球は、真っ直ぐに私の打ちやすいフォアサイドへと戻ってきた。
「すご、ちゃんとここに返ってきた」
いつもは大きく外側に誘導し、返ってきた球を逆サイドに打ち込んで決めているのだが…
流石は国光だ、もうコートの中央で体制を整えている。
だったら、ともう一度彼の右サイドへ浅いスピードボールを打ち込んだ。
少し前へ出た彼は、やっぱり私のフォアサイドへと球を返してくる。
今度は左サイドへ深く重い球。
それも難無く追いつき、やはり同じフォアサイドに返してきた。
そうして私は全く動かないまま、ただ国光を走らせているだけという不思議な構図で打ち合いは続いていく。
「…動きたいなぁ」
どこにどう打っても、ボールはピタリと同じ所へ返ってくる。
まるで南次郎さんにでもなったような気分だ。
彼に頼まれてそういう球を打ち出しているのは私だが、自由にコートを動き回る国光を見ているとどうにも体がムズムズしてきた。
気づけば、いつの間にか沢山の部員達が私達のコートを取り囲むようにして私達の打ち合いを見守っている。
「ん」
脇の方でじっとこちらを見つめているリョーマを視界の隅に捉えた。
ふ、と口端が上がる。
「国光ー!」
「?」
「どう跳ねると思う?」
久しぶりに打つこの打球は、当時から未完成でまだリョーマにさえ見せていなかったもの。
自分のラケットじゃないし、久々すぎてどれほどまで打てるかは分からないが、相手は国光だし試してみてもいいかもしれない。
返ってきた球を下からすくい上げるようにして面に滑らせ、腕を振り抜くのと同時に手首を曲げた。
クロスへ真っ直ぐに打ち込まれた球は途中で急激な降下を始め、相手が予想していた場所よりも数歩程前へと落ちる。
「!」
国光が大きく一歩前へ踏み出すのと同時に、バウンドした球はそのスピードを増し、低い弾道で彼の足元を駆け抜けていった。
「うーん…微妙…」
「………」
体制を戻した国光は、バウンド箇所をじっと見つめたままだ。
「な…なんだ、今の球…一瞬消えたかと…」
「手塚部長が抜かれた…!?」
「す、すげぇーっ!!」
「名前先輩かっけぇ!!」
どっと盛り上がる部員達にびくりと肩を震わせた。
いつの間にかめちゃくちゃ人が増えている。
「名前」
「え、何…?」
「打ちたそうなところすまないが、そろそろ時間だ」
「えっ!?」
すぐ近くにある時計台に目を向ければ、確かにそろそろランキング戦の一試合目が始まる頃合だ。
打ち合いが楽しくて時間のことをすっかり忘れていた。
「やばっ!なんも支度してない…!」
慌てて受付へ向かおうとする私を引き止めたのは、国光の私を呼ぶ声。
「次はちゃんと打ち合おう」
「!…ん、約束ね!」
「あぁ」
彼の言葉が嬉しくて笑いかけた私に、国光も僅かに口端を上げて応えてくれた。
* * *
あわあわと受付に戻る私とのすれ違いざまに、沢山の部員達が興奮したように声をかけてくれる。
ほんとは立ち止まって会話したいけど、時間がないから仕方ないとありがとうマシンになりながら受付へ戻れば、秀の周りにはいつの間にかレギュラー陣が勢揃いしていた。
「名前ちゃんお疲れ様。相変わらず凄い球だね…」
「何あれ!?初めて見たんだけど!!」
「めちゃくちゃかっこよかったッス!!」
タカさんが困ったように笑い、英二と桃は興奮したようにキラキラとした顔の前でぎゅっと拳を握りしめている。
「皆お疲れ…!秀!コート表とかどこ!?」
国光から借りたラケットを丁寧にバッグにしまいながらそう巻くし立てれば、笑い声と共にバインダーに乗せられたもろもろの道具が差し出された。
「はい。最後の球、凄かったね。驚いたよ」
「ありがと…!」
「強力な縦回転により急激に落ちたボールは、バウンド後更にそのスピードを増し、スタートダッシュを決めたかのようにコートを駆け抜ける…といったところか。振り抜きだけではなく、手首の柔らかさも重要なショットだね」
秀からバインダーを受け取る横で、貞治がいつものノートを見ながらフフフと笑う。
相変わらず、分析が早い。
「皆、褒めてくれて嬉しいけど…あれまだ未完成なんだ」
3つのストップウォッチをまとめてジャージのポケットに突っ込み、バインダーに挟んであるコート表の枚数を確かめるようにパラパラと捲りながらそう言えば、彼らは驚いたような声を出した。
「頭の中のイメージじゃ球が浮かない予定なんだけど…ま、今後に期待ってことで!じゃ、皆今日は頑張ってね!」
そうけらりと笑い、そろそろ一試合目が始まるコートへと駆け出した。
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