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2人の試合は続いていく。
リョーマがライン際への深い球を打ち込み、薫がラケットを振り上げた。
「また出た!"スネイク"!!」
「越前は拾うのがやっとだ!!」
ユラリと薫の手首が揺れる。
そこから放たれたスネイクショットは急激な角度でサービスコートを叩き、大きく跳ねていく。
が、リョーマが諦める訳もなく…
「すごい!リョーマ君追いついた!」
「…けど、アウトだね」
私の声に被せるように、アウト!という審判の声がコートに響いた。
「惜しィ!」
「お互い一歩も譲ってねぇ!!」
少し離れたところで興奮したように話す荒井くん達を、フェンス越しに薫がギロリと睨みつけた。
どきりと肩を揺らす彼らを一瞥し、薫はまたコートへと視線を戻す。
「ププ、暗ぇヤツ」
「き、聞こえますよっ!」
「ははは…」
向こうのコートでは、リョーマがパタバタと自身の胸元の服を動かしている。
「今日は暑いっスね……先輩」
「……ふんっ」
ゲームカウントはこれで1-1。
薫から視線を離し、早くも汗をかき始めたリョーマをじっと見つめた。
彼は、薫の戦法に気づいているのだろうか。
「リョーマ君、どんな球にも追いついていってるよ!」
「このままいけばチャンスがあるかも!」
嬉しそうに水野くんと加藤くんはそう話しているが…
「あーあ、越前のやつ、完全に海堂のワナにはまっちまった」
「「「ワナ!?」」」
ライバルだからこそ、薫のことをよく知っている桃が面白そうに言う。
「"スネイク"は海堂にとっておとりにすぎない。奴の本当の狙い、それは…」
ついに、リョーマの球がネットに引っかかった。
「リョーマをよく見てごらん」
あぁー!?と、何かに気づいたような加藤くんの声。
「リョーマ君、すごい汗だよ!?」
「そうか!!"スネイク"で左右に走らされるから、大幅に体力が削られてるんだ!」
「そう。ああやって左右に振って、疲れきった相手をじわじわと追い詰めてく」
「それが、海堂(マムシ)のテニスだぜ」
「ふふ、"マムシ"なんて、薫らしい異名だよね」
本人はどう思ってるのか知らないけど、と空を見上げ、眩しさに目を細めた。
今日は4月ながら、立っているだけでも太陽がじりじりと体力を奪っていく。
「返せば返すほど体力を消耗するなんて…」
「越前君、このままじゃ…」
お互いが一歩も引かずに打ち合いは続いていく。
バインダーのコート表に目を落とし、打ち合い中の球の記録のメモを目で追った。
…これはもう、リョーマは完全に薫の戦法に気づいているだろう。
先程からライン際にしか返球していないリョーマに、そして、いつもより僅かに動きが鈍り始めていた薫に、そう確信した。
「ねぇ、海堂先輩もすごい汗だね」
「!」
「そろそろその上着、脱いだら?」
その言葉と共に打球が薫のコートへと跳ぶ。
リョーマの狙いは勿論、ライン際。
打ち返そうと深く曲げられた薫の膝はついにガクンと地面に落ち、ボールは私達の目の前のフェンスに大きな音を立ててぶつかった。
「海堂がオチた!?」
「どうなったんだ!?」
「わ、わかんねぇ!」
「オレには海堂が"スネイク"で押してたように見えたのに…」
「あいつがフラつくなんて初めて見たぜ」
ザワザワと話し声が広がる。
「…一杯、食わされたな」
絞り出すように桃がポツリと呟いた。
コートでは、何事も無かったかのように試合が続く。
「マムシは"スネイク"で越前を左右に走らせ、相手の体力を奪っていく作成だった。それに対して越前は…あれだ!!」
リョーマの打つ球は相変わらずライン際へ深く沈み、薫が苦しそうにそれを返した。
「低くて深いライン際の打球を足元へ返し続け…海堂にヒザを曲げさせて低姿勢を保たなければならなくした。そうする事で、奴の体力を逆に奪ってったって訳だ!」
桃が言い切るのと同時に、薫の打った球がネットにかかる。
彼の盛大な舌打ちがこっちにまで聞こえてきた。
「よっしゃーいいぞ越前!!」
「いけー!!」
1年組がリョーマを応援してくれているのはとても嬉しいけれど……これは、精神的にも薫にとってはかなりまずい状況だろう。
「薫、大丈夫かな…」
思わず漏らした言葉に、1年トリオが振り返った。
「…あ、いや…2人共体力的に疲れてる量は同じだけど、薫の作戦に気づいていたリョーマと、それに気づけなかった薫じゃあ、精神的な疲労度が全然違うでしょ?」
試合の勝敗はまだ着いていないが、心理戦の勝敗はどうだろうか。
あの負けず嫌いな薫が、入ってきたばかりの1年生にしてやられたとなれば…
じっと見つめる視線の先で、薫が高くトスを上げた。
その力強い打球音に少しだけホッする。
「か、海堂先輩まだやれるみたいだ!!」
「リョーマ君の狙いもバレちゃってるし、体力勝負になったら分が悪いかも!!」
思い切りやってこい、2人共…!
「……"スネイク"って」
リョーマがラケットを高く振り上げた。
「"バギーホイップショット"の事だよね?」
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