下から回転させるように大きく腕を振り上げたリョーマ。


「!」


彼が放った球は急カーブを描き、薫のコートに炸裂した。


「ああっ!?あれは…!?」


その弾道はまさに、


「"スネイク"!?」
「うそ!?なんでアイツが!?」


バギーホイップショットなんかじゃない。
あれは、薫の"スネイク"とほぼ同じ弾道だ。


「スゴすぎリョーマ君!!」
「やっぱり越前君は天才だ!!」
「おいおいとんでもねぇな…ってか、…何ショットってぇ…?」
「"バギーホイップショット"だよ、桃」


大きなループを下から上に描き、遠心力を利用してボールに大幅な回転をかける、というショットだ。


「薫の"スネイク"はそれの応用。テクニックもリーチも必要だから…まさかリョーマが打つとは…」
「そのなんとかショットって、去年海堂との初めてのゲームで名前先輩が打った…?」
「おぉ、よく覚えてたね!そうだよ、あれがバギーホイップショット。…だけど、今リョーマが打ったのはほぼ"スネイク"に近いね」


策を見破られ、それを逆手にとられ、そして更には自分の技さえも軽く打って見せた1年生。
薫には残念だが、この勝負は……


「ゲームセット!!ゲームウォンバイ越前リョーマ 6-4!」


審判の声が響き、知らず知らずのうちに深く吸い込んでいた息をふぅと吐き出した。
リョーマにとっても薫にとっても、いい試合だったと思う。


「勝った!?リョーマ君が勝った!!」
「やった…、」


最後の打球のメモを取ろうと、バインダーへと視線を落とした時だった。


「「「!?」」」
「お、おいっ…」


熱気に包まれた盛り上がりとは違う、どこか不安と驚愕に包まれたザワリとした雰囲気に顔を上げれば、もう、私の目は薫しか映していなかった。


「…っあ、」


バキッ、という嫌な音が何度も耳に届く。
彼は力任せにラケットで自身の膝を叩き、切れた膝からは血が滲み、


「や、やめ…っ…」


バインダーが手から離れ、どこか遠くでバサリと音がする。


「薫っ…!!」
「名前先輩…!」


震える手で目の前のフェンスを掴んだ。
すぐそこにいるのに、止められない。


「…めてっ…」


この距離が、もどかしくて、


「薫!!やめなさいっ…!!」


必死に叫んだ私に、薫はハッとしたようにその動きを止めた。
浅く呼吸を繰り返す私の方を向くことなく、薫は分が悪そうな顔をしたままふらふらとコートを出て、荒々しくフェンスを開けて去っていく。


「っ…」


かくりと右足の力が抜けた。


「名前先輩!!」


支えを失って傾いた体は桃によって支えられたが、そのままずるりと桃ごと地面に座り込んでしまう。


「名前先輩!?」
「だ、大丈夫ですか…!」


1年組の心配そうな声と、バタバタと慌てた足音が聞こえ、


「名前!」
「桃…!名前ちゃん!」
「部長!大石先輩っ!」


私の視界にふっと影が落ちた。


「名前、立てるか」
「…大丈夫」


まだ震えが収まらない手で、落としたバインダーとズレ落ちた紙の束を拾って、


「っ…」


ピリッとした痛みが指に走る。


「!?名前ちゃん、血が…!」
「大丈夫」


ペンを拾って、小さく深呼吸をして、


「桃、ごめんね、ありがと」
「っえ、名前せんぱ…」


キリキリと小さく痛む膝を無視して、桃と側にしゃがんでいた国光にも背を向けるように立ち上がった。


「名前、」
「薫のとこ行ってくる」


自分でも分かるくらいの酷い顔を誰にも見られたくなくて、俯いたままその場から逃げ出した。



* * *



部室に寄ってバインダーと交換で救急箱とタオルを数枚掴み、部室棟裏の水道へと向かえば、やはり薫はそこにいた。
上向きにした蛇口から勢いよく溢れる水に突っ込んでいた頭を上げ、水を払うように頭を振れば、太陽に照らされた飛沫がキラキラと光る。
キュ、と蛇口を閉じるその後ろ姿にそっと近づいた。


「薫」
「!」


ぴくりと肩を揺らした薫は、バンダナを持っていた手をぎゅっと握りしめるだけで、こちらを振り向こうとはしない。


「薫、こっち向きなさい」


少し語気を強めて言えば、彼は少しの間を空け、目線を落としたままゆるりとこちらを振り返った。
その膝は未だに手がつけられておらず、汗と混じった赤い液体が痛々しく広がっている。
思わず顔を顰めた。


「頭より先にそっちでしょうが…」


半分投げ落とすように救急箱を地面に置き、その上にタオルを重ね、1枚だけ掴んで蛇口を捻った。


「早くそっちの水道で洗ってきなさい」
「………」


今度は素直に従った薫を横目に、水で濡らしたタオルをぎゅっと絞る。
人差し指にぴりりと忘れていた痛みが走るが、こんなの、薫の痛みに比べたら無いようなものだ。
タオルを彼に渡せば、ありがとうございます、とつぶやき程の小さな声が返ってきた。


「とりあえずこっち来て」


一旦傷口を綺麗にした薫を連れて近くの木陰へと移動し、彼に座るように言えば、もう彼に反抗の意思は無さそうだ。
新しい乾いたタオルを、視界を遮るように彼の濡れた頭に被せた。


「傷、診るよ」
「…はい」


傷口を避け、痛むかどうか聞きながら患部周りを押していく。
薫の反応を見るに、恐らく内部は大丈夫そうだ。


「良かった…」


ほっと胸を撫で下ろし、傷の手当を、と救急箱に手を伸ばせば視界の端でゆらりとタオルの端が揺れ、


「…スイマセン、でした…」


深く反省をしているような声色が、白いタオルの向こうから聞こえた。


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