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学校の授業はどれも楽しいものではあるが、唯一、英語だけはどうしても眠くなってしまう。
初めは逆に違和感のあるお手本のような丁寧構文が面白かったりもしたし、たまに知らない単語とかも出てきて勉強にはなるのだが、こう2年以上も続くと先生には申し訳ないが飽きてくる。
「…ぁふ、…」
あと10分…早く終わんないかなぁ…
ノートに書き込むフリをして俯き、欠伸を噛み殺した。
ちらりと窓の外に目を向ければ、今日も今日とて絶好のテニス日和だ。
「(…あと2日、か…)」
あと2日で、ランキング戦の結果が出る。
Dブロックはどうなるんだろう。
今のところ、リョーマと貞治が3勝、薫は2勝1敗。
薫は明後日に貞治との試合が控えていて、正直後が無い状況ではあるが…
「(国光が悩む訳だよねぇ…)」
机に頬杖をつき、途中で書くのを止めたノートのアルファベットの羅列を読む訳でも無くぼーっと眺めた。
「(このランキング戦で都大会のレギュラーが決まるんだもんなぁ)」
ランキング戦は各ブロックの上位2名がレギュラーとして選出される。
Aブロックには国光と秀、Bブロックには英二と桃、Cブロックには周助とタカさん、というお決まりメンバー2名ずつなのだが、Dブロックには貞治と薫、そしてリョーマがいる。
今日の試合でリョーマが大差で貞治に負け、明後日の試合で薫が貞治に勝つ、ということが起きない限りは、貞治か薫のどちらかのレギュラー落ちは確定だ。
ただ、リョーマがそう易々と貞治に負けるとは思えない。
それに、今のところ貞治は薫に対して全勝していることも考えれば、やっぱり圧倒的に危ないのは薫だろう。
「(こんなピリピリしたランキング戦は初めてだ……)」
去年も一昨年も、大会前のランキング戦はこんな感じだったのかな…
プレイヤーとしてコートに立っていた時はこんな気持ちなんて知る由もなかった。
見守る側も、プレイヤーと同じくらいの緊張と不安があるんだ。
「(今日は見たい試合が多いんだよなぁ)」
Aブロックコートで国光と秀、Bブロックコートで英二と桃、Dブロックコートで貞治とリョーマ。
全部見たいが、彼らの試合はほぼ同時に行われるからどうしても見れない部分が出てくる。
今日だけ自分が4人になってくれないだろうか…
「(英二と桃は持久戦タイプじゃないから…始まったら早めに見ておこうかな。それから…)」
頭の中で総当り表を思い出しながら考えていると、突然視界を何かが横切り思わず体が仰け反った。
人間は本当にびっくりすると声が出ないというのは正しいらしい。
クリアになった私の目に映ったのは、大丈夫かい?と苦笑している秀。
彼の手にはお弁当の包みが握られている。
「…あ、あれ…?」
授業は…?
キョロキョロと周りを見回せば、ちらちらとこちらを伺いながらもほっとした様な表情でそれぞれの会話に戻るクラスメイト達。
「もう昼休みだよ」
私の机に広げられたままの教科書とノートを見て、苦笑したまま秀が言う。
「……、全然気づかなかった…」
「ランキング戦のことでも考えてたんだろう?」
「すご、貞治みたい」
「流石に分かるよ」
とりあえず行こう、と秀が半歩身を引いた。
「え、どこに?」
「え?屋上じゃないの?」
「…あ、お昼か」
「大丈夫…?」
開きっぱなしだった教科書達を仕舞い、バッグからお弁当を取り出した。
行きがてら秀から聞いた話によると、どうやら秀が昨日の卵焼きの話を帰って直ぐにお母様に伝えたところ、めちゃくちゃ喜んだお母様がはりきって沢山の卵焼きを作って秀に持たせてくれたらしい。
よく見れば、今日の秀のお弁当の包みはいつもよりも大きい。
ランキング戦のことはまた後で考えよう。
今は、無理矢理にでもお昼ご飯を楽しみに。
* * *
秀と共に屋上に向かえば先に来ていた3年組が談笑していて、最初にこちらに気づいた貞治が軽く片手を上げた。
あれ、桃と薫がいない…?
「桃城と海堂には今日の昼は別々で食べると伝えてあってね。悪いけど、内密に頼むよ」
「え、なんで?」
「食べながら話そう」
歪ではあるが自然と輪になるように座って各々がお弁当を広げ、頂きます、と手を合わせた。
「はい、名前ちゃん」
「やったー!ありがとう!」
秀が差し出してくれた、タッパー一杯に敷き詰められた美味しそうな卵焼き。
「それは…?」
「秀ママの卵焼き。昨日一個貰ったんだけど、美味しいって言ったらめっちゃ作ってくれたみたいで」
「母さんが張り切っちゃってね…皆も良かったら」
「マジ!?やったね〜!」
「じゃあ遠慮なく」
ご丁寧に何本かピックも刺さっていて、有難く使わせてもらって口に運べば、やっぱり秀ママの卵焼きはめちゃくちゃ美味しい。
皆も同じ感想を持ってくれたようで、あっという間にタッパーが空に近づいていく。
早くお礼用意しないと、何にしようかな、と考えながら口を動かしていると、
「そーいえば2人とも、今日はゆっくりだったね?授業長引いたの?」
こくりと食べ物を飲み込み、思い出したように英二が言った。
「あー、ちょっと私が考え事してて…」
「名前ちゃん、授業が終わってるのも気づいてなかったんだよ」
そう言って秀が先程のことを話していく。
フフ…と笑ったのは貞治だった。
「恐らく、」
「「ランキング戦のことでも考えていたんじゃないか」って言おうと思ったでしょ」
「正解」
「秀にも同じこと言われたもん」
困ったように笑いかければ、貞治は笑みを保ったままチャッと眼鏡を正した。
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