10
HRも終わり、秀と共にコートへ向かった。
今日は女テニは休みらしいので、貰ったスペアキーで部室を開け、素早く着替えて男子テニスコートへと向かう。
流石にまだ着替え途中の部員が一杯いるだろうから、部室に入る訳にはいかない。
部室の横で待機していれば、すぐにドアが開いてホワイトボードを押した秀が出てきた。
「出しとくよ」
「助かるよ、ありがとう」
秀からホワイトボードを受け取って、いつもの定位置へ。
その間に部室に戻った秀と、更に薫が、机やパイプ椅子を持って出てきた。
そしてスコア表やらコート表やらを抱えた国光が、組み立てられた机の上にそれらをとさりと置く。
その後にペン立てとストップウォッチ等の備品を持った桃が続き、本日の受付設置は終了だ。
「今日は誰から?」
「俺と大石だ」
「おぉ…いきなり…」
「B、Dブロックは初戦に2年同士の試合を入れる。それが終わり次第菊丸と桃城、乾と越前だ。見られそうか?」
ささっと頭の中でシュミレーション。
国光と秀の試合は多分長引きそうな気がする。
きっと英二と桃、貞治とリョーマの試合が始まるまでには終わらないだろう。
うーん…とりあえず半分見れれば良いとしよう。
「うん、大丈夫だと思う」
バインダーにコート表の束を挟み、ストップウォッチをポケットに入れて、私の準備も完了だ。
後は試合が始まるのを待つのみ。
「それから、今日は月間プロテニスの取材が来るらしい」
ポケットの中でストップウォッチを握っていた手がピクリと動いた。
「へぇ、凄いじゃん」
「もし何か思うことがあるなら、苗字は伏せておけ」
「…よく分かったね」
「何となくだ」
アップをしに行くのだろう、背を向けた国光が去って行く。
「………」
あの故障の記事以降、私に関する大々的な記事は一つも無い、と思う。
初めの頃は病院にまで記者が押し寄せていたが、取材は全て両親が断ってくれていた。
その中には勿論日本からわざわざアメリカまでやって来た物好きな記者もいて、幼いながらにも少し申し訳なさを持った記憶がある。
取材を受けるのは膝が完治してまた試合に復帰できるようになってから、と決めていたけれど、結局私の膝は治ることなく、そのまま隠れるようにして日本に逃げ帰ってしまった。
月間プロテニスかぁ。
日本の大手だし、上層部には恐らく私のことを知っている人もいるだろう。
私でなくても、父さんのことを知っている人は山ほどいる。
当時のいくつかの記事には写真も載ってしまっているし、今日来る人が何歳くらいの人かは知らないが、出来ることなら私のことを知っていませんように。
それっぽい人がいたら、申し訳ないけどなるべく顔を合わせないように大人しくしていよう。
そもそもただのマネージャーだし、目立つことさえしなきゃ寄ってくることもないはずだ。
「うちの部には名前ちゃんのことを苗字で呼ぶ人はそんなにいないし、一先ずは安心かな…?」
「1年生くらいかな、まだ入ったばっかだし」
「確かにそうだな…なるべく気を配っておくよ」
「有難いけど、私より試合に集中してね?まぁ、秀なら大丈夫か」
「はは、じゃあ俺もアップして来ようかな」
「ん、頑張ってね」
ありがとう、と秀もラケットを片手に去って行った。
…フードがついてる上着でも持ってくるんだったな。
* * *
国光と秀の試合が始まった。
部員だけでなく、一般生徒も含めてギャラリーがとんでもない数だ。
メモを取りながらそっと様子を伺うのは、離れたところにいる男女2人組。
恐らく、あの人達が月間プロテニスの取材の方達だろう。
女性の方は若く見えるが、男性の方は…もしかしたら父さんのことは知っているかもしれない。
「キャーッ!!手塚先輩っ!かっこいーっ!!」
「大石先輩頑張ってくださぁい!!」
時たま聞こえるギャラリーの声に思わず眉をしかめた。
気持ちは分からなくもないが、ラリー中は静かにしているのが基本的なマナーだ。
これで気が散ってプレイに支障が出るような2人ではないが、本当に応援する気があるのなら静かに見守っていて欲しいのが正直なところ。
彼女達の声を無理矢理頭から追い出し、暫くコートとバインダーへ視線を行ったり来たりさせていると、
「名前せーんぱいっ」
つんつん、と肩をつつかれ、振り返れば桃が立っていた。
少し汗が滲んでいるから、どこかでアップをしていたのだろう。
「あ、英二との試合そろそろ?」
「いや、俺達じゃなくて…」
くいっと親指で指された方を見れば、丁度貞治とリョーマがコートへと入っていく所だ。
「あー…」
リョーマにはタイミングが無くて頑張れと言えなかったけど、きっとリョーマなら私に応援されなくてもいつも通りのプレイを見せてくれるだろう。
「Aブロックは切り上げるかぁ」
「部長達の試合、もうちょい見たかったんスけどね」
やっぱ気になるんで、と向こうのコートを眺めて笑う桃は、相当リョーマを意識しているようだ。
心の中でAブロックの2人に応援を送り、桃と共にDブロックへと向かった。
「…にしても、歓声がすげーッスねぇ、あそこは」
少し離れた所でも聞こえてくる高い声に、桃がわざとらしく片耳を抑えて苦笑した。
「特に手塚部長なんか、女子に大人気じゃないスか」
「まぁ、かっこいいもんねぇ」
「えっ!?」
「え?」
「アッいや…!……や、やっぱ名前先輩も手塚部長のことかっこいいって思ったりするんすか…?」
「国光だけじゃなくて、皆かっこいいって思ってるよ?テニスしてる時なんか特にね」
桃だってかっこいいよ、と笑えばふわりと彼の頬が赤く染まる。
「あれ〜?なに、照れてんの?」
「ち、ちがっ…いや違くはないんスけど…!!」
「んふふっ」
「っだぁぁー!!俺の話はいいんスよぉ!!」
「なにそれ?変なの」
はぁぁ、と桃が謎のため息をついた。
back