12
「"色んなテニスを倒せるから"…という事は…」
「この試合、越前のやつひっくり返すつもりだ!!」
フェンス外にざわめきが広がっていく。
ゲームカウント5-0で貞治リードのこの状況…ここからリョーマは何を見せてくれるのだろうか。
「頼もしい1年だ!けど…確率は変わらないよ」
いつも通り全てを見透かしたように言う貞治の対面で、リョーマの体が小さく浮いた。
「最近やっと出来るようになったステップがあるんだけど…」
自然と目線はリョーマの足元へと向かう。
ターン、ターン、とリズム良く小刻みに跳ねるそのステップは…
「出来れば温存しておきたかったね。全国大会まで!!」
「!」
「あいつ…!」
「フフ、やっぱり…随分面白い弟くんだね」
リョーマから目を離さずに言う周助の言葉は、きっと私に向けられたのだろう。
なんとなくだけど、周助もリョーマと戦いたがってるんじゃないかと思った。
貞治がその持ち前の高身長から繰り出すお得意の高速サーブを放ち、前へと足を踏み出した。
彼の戦い方は高速サーブからネットに詰め、蓄積されたデータに則り相手から返ってきた球を完璧なボレーによって決める、というスタイルだ。
走りながらリョーマがどちらに打つか計算しているのだろう、が、
「ああ…面倒臭いからもう予測しなくていいよ。右に打つから」
右と言っておいて左に打つ、のような撹乱作戦だろうか。
でも貞治にはそんなものは通用しないと思うんだけど…
言葉の通り、リョーマは向かって右、貞治のバックハンドの方へと球を返した。
貞治は冷静にその球を打ち返すが、
「次は左ね!!」
戻りが早い…
それを可能にさせているのは、やはりあのステップか。
「越前の奴、とうとうヤケ起こしやがったーっ!!打つとこ教えてどうするんだよっ!!」
リョーマもそうだが、データマンと呼ばれている貞治も一筋縄ではいかない。
彼も彼で素早く反応し、的確にリョーマの球を返していく。
「ほらっ!!言わんこっちゃねぇーっ!!」
堀尾くんは頭を抱えるが…
「そうでも無いんじゃない?」
「えっ…?」
貞治のラケットの動きにいち早く反応したリョーマは、もうすでに返球のポジションに着いている。
「ロブを上げるよ」
その言葉と共に、リョーマが貞治の背を越すか越さないかのギリギリのロブを上げた。
あの球ならば貞治は届くだろう。
リョーマの事だから、きっとそれも彼なりの考えがあるのかもしれない。
「またこのパターンだよ!決められたぁ!」
貞治がラケットを振り上げスマッシュを放つ。
なるほど、私が見ていなかった時に既に決められた球か。
それならば尚更、リョーマが易々と同じ手で決めさせるとは思えない。
私の考え通り、リョーマは小さく跳ねて着地した足でコートを強く蹴った。
「今度は左いくよ」
「!」
打球音が響き、リョーマが打ったボールは貞治の横を真っ直ぐ通り抜けていった。
「アウト!」
「んー、惜しかったねぇ」
ちらりと周助を横目で見れば、彼は珍しく驚いた様子でじっとコートを見ている。
「ちょっと焦ったか。まだまだだね」
風圧によって落ちた帽子を器用にラケットで拾い上げ、ぱふりと頭に乗せたリョーマは、ネットを挟んだ貞治ににやりと笑いかけた。
「流石乾先輩…アウトになるの読んでたんでしょ。来る場所が分かってたら、返せない球はないもんね」
わあああ、とコート周りが湧き立つ。
リョーマ応援団の三人トリオも、私の横で嬉しそうな声を上げた。
「でも、乾先輩って本当にあのアウトが分かってたんですか…?」
水野くんの声に答えたのは周助だった。
「いや…そもそも乾はあのスマッシュが返されるとは思っていなかっただろうね」
「で、ですよね!?リョーマくん、あのスマッシュに追いつけちゃうなんて凄い…!!」
「なんで追いつけたんだろ…」
「ふふ、なんでだと思う?」
さて問題です、と三人に笑いかければ、彼らはうーんと首を捻る。
「"ス"から始まる基本ステップと言えば?」
あ!!と堀尾くんが声を上げ、私を見上げた。
「"スプリットステップ"!?」
「大当たり〜」
スプリットステップ?と更に首を傾げる水野くんと加藤くんに、堀尾くんは饒舌に説明を始めた。
スプリットステップとは、相手が打つのとほぼ同時に軽く上に飛び、両足のつま先で着地をするというテニスにおいては基本のステップだ。
それをすることで半歩早くボールに反応でき、先程のリョーマのように素早く返球ポジションに着くことが出来る。
「「…何で?」」
「それは、ほら…アレだよ……っね、先輩!?」
「え」
じとりと2人の視線を浴びた堀尾くんが、あわあわと私と周助を交互に見てくる。
ステップのことは知ってても、その仕組みについては曖昧なのだろう。
くすりと周助が笑った。
「筋力の収縮の反動を利用して、ダッシュに繋げるんだよ」
「バネに例えたら分かりやすいんじゃないかな。反動によってスタートが半歩早くなれば、普段よりも1m先のボールに届くんだよ」
「「「なるほど…!!」」」
コートでは既に次の打ち合いが始まっている。
変わらず自身の動きを宣言しながら、ついにリョーマが前に出た。
「ほら、リョーマの足元を見ててごらん。ピョン、ってしてるでしょ?」
「あっ、本当だ!あれがスプリットステップ!!」
「あのまま、両足で着地すればね」
じっとリョーマを見定めるように見つめる周助が、リョーマから目を離すことなく言った。
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