13
周助の言葉通り、リョーマの着地は両足ではなく片足のみ。
コートに着けた左のつま先から勢いよく地面を蹴り、難なく球に追いついたリョーマは右に打つと宣言する。
貞治も予測はしていたのだろう。
リョーマの返球に迷うことなく足を進めるが、ボールは打ち返そうとする貞治のラケットヘッドを擦って後方へと小さく跳ねた。
「乾さんがミスった!!?」
3年レギュラーからポイントを奪った1年に、コート周りは今まで以上の盛り上がりを見せる。
「越前君のリズムが…早くなりだした」
「5-0のここから、貞治相手に巻き返せるかな〜?」
あ、あの、という声に視線を動かせば、堀尾くんが私と周助を交互に見上げていた。
うん?と彼を見守っていると、彼はすぐに自身の足元に視線を落とし、その場で小さく跳ね上がる。
「確かに片足のスプリットステップは次の動作に入りやすそうだけど、相手がどっちに打つか分かってないと逆の足で着地しちゃってマイナスですよ!?」
左足で着地をした堀尾くんは、右足を左足に擦るように動かして見せた。
「こう…足がクロスしてオレにはちょっと…」
堀尾くんの言う通りだ。
片足でのスプリットステップは両足のそれよりも相手のボールにいち早く反応できるが、素人がやればただの運ゲーだ。
たまたま相手が打つ方向に合わせた足で着地出来ればピタリとはまるのだろうが、流石に全球的中させることはほぼ不可能。
「まさか、リョーマ君が乾先輩ばりにデータ予測を…?」
加藤くんの言葉にそれはそれで面白そうだと考えていれば、あのテニスは乾にしか出来ないよ、と周助がくすりと笑った。
「たぶん、跳んでる一瞬の間に判断するんだろうね。…あれだと、半歩どころか一歩半は早い」
「えっ、そんなに!?」
「取れない球も取れるハズだよ。ね?」
驚く1年トリオに再度笑った周助は、確認を取るかのように私へ微笑みを向けた。
それに小さく笑みを返し、私達の視線はまたリョーマへ。
「よっぽどの天性の嗅覚がないと出来ない技…」
「貞治のデータには、まだあの片足のスプリットステップは載ってないからね」
「うん。乾は今、別人と戦ってる気分だろう」
リョーマが打つ打球筋は読んでいるものの、一気に上がったそのスピードに貞治は着いて行けず、またしてもフレームを擦った球が貞治の後方へと跳んでいく。
3年レギュラーに対して新入部員の初ゲーム取得に、大きな歓声が辺りを包んだ。
貞治の予測を上回るスピードでこの場は凌げそうではあるが、それでもゲームカウントはまだ5-1。
これをひっくり返すには最低でもあと5ゲームは連取しなければならないし、きっと貞治も物凄い速さでデータの更新をするはずだ。
「まいったな。キミまで予測しても返せない球を打つなんてね」
薄く笑いながらもため息混じりに吐き出されたその言葉と共に、一瞬、貞治と目が合ったような気がした。
「でも…」
貞治は何やらぶつぶつと呟きながらリターン位置へと歩いていく。
「ま、またなんかブツブツ言ってますよ」
「うーん、タフだねぇ乾も」
「ふふ、データの更新中かな?」
良くも悪くもいつも通りでなんだか気が抜けるような安心するような。
リョーマ、貞治は甘くないぞ。
そのステップだけでは正直貞治を出し抜けるとは思えない。
…なんて、そんなことは戦ってる本人が一番良く分かっているのかもしれない。
スっとラケットを右手に持ち替えたリョーマに、口端が小さく上がった。
「……ねぇ、乾先輩」
昨日のランキング戦では貞治のデータに載らなかったモノを、まだリョーマは持っている。
「来る場所が分かってても取れない球…もう一つあるよ」
そう、強く打ち出されたリョーマのサーブは、凄まじい回転をもって貞治のコートへと叩きつけられた。
バウンドした球はその回転と威力を失うことなく貞治の顔面へと跳ね上がっていく。
貞治は焦ったように身を引き、ボールは勢いよく後方のフェンスにぶつかって大きな音を立てた。
「な、何だ!?あのサーブ!!」
「今、球が顔面に跳ね上がってきたぞ!」
「越前は逆の手で打ってるし、どうなってんだありゃ…!!」
ざわりと広がるどよめき。
「そうだった!リョーマ君にはコレがあったんだ!!」
…へぇ、この子達は知ってるんだ。
驚きと興奮で頬を上げる1年トリオの横では、周助がいつも通りの冷静フェイスで、これはすごい、と一言。
そしてちらりと私を見て、
「今のって」
「ツイストサーブ、だよ」
「……へぇ」
…おぉ…珍しく周助がしっかりばっちりリョーマを見てる。
その先ではまたリョーマが空高くボールを放ち、
「右手じゃあ威力は落ちるけど、そのメガネに向かって跳んでってほしーからね!!」
「…先輩に向かってそれはどうなの…」
「ふふ、僕は好きだな。ああいうの」
放たれたツイストサーブに、貞治は流石とも言うべきかもう返球の体制を作っている。
ラケットの中心が打球を捉えた…が、それは貞治の手を離れてボールと共に宙を舞った。
大歓声の中、コートに落ちたラケットはカラカラと小さな音を立ててピタリと止まる。
「データでくるならその上をいくまでだね」
自身のラケットと強い視線を真っ直ぐ貞治に向け、リョーマは言う。
見ないうちに彼の負けず嫌いは更に増したようだ。
そして…
「ゲームセット!ウォンバイ 越前 7-5!!」
審判の声にひっそりと詰めていた息を吐き出した。
勿論応援はしていたし、勝てたら、なんて思っていたけれど…本当に勝ってしまった。
貞治に…青学の、3年レギュラーに。
「ったく、乾先輩相手にたいした奴だよ」
聞こえた声に振り返れば、同じく振り返った1年トリオが彼の名を呼んだ。
少し息をあげた桃が近くの木に片腕でもたれ、しかしその目はじっとコートで貞治と握手をするリョーマに向けて小さく笑みを浮かべている。
「オレん時よりツイストサーブに磨きがかかってやんの」
「あれ?桃は見たことあったんだ」
「あーその…先輩達が遠征行ってた時に…」
「あぁ、お留守番してた時か!」
「ウッ…名前先輩…!」
その時の話も、あとでゆっくり聞かせてもらおうっと。
そう思いながらふと手元のバインダーに目を落とし、…え、あ、
「あああああーっ!?」
びくりと肩を揺らした周助を始めとするこの場にいた皆。
「ど、どーしたんスか名前先輩!?」
2人の試合につい夢中になってしまった…!
「コート表書くの忘れてた…!!」
私の手元には、周助が書いておいてくれていた先が真っ白のコート表。
私の隣で周助がくすくすと笑う声が聞こえた。
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